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自作小説を掲載したり、興味のあることを語ったりするブログです。
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00:00:00
ブログ開設。

大樹の木陰で涼むような、居心地の良いブログになりますように。

注意!
当ブログは著作権を放棄しておりません。
くれぐれも無断転載の無いようお願い致します。

(あまり堅いことを言う気はありませんので、常識の範囲内でお願いしますね)

リンクはフリーです。

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人生一度、不倫をしましょう・・・欲求不満妻が大集合
「数ある出会い系サイトを実際に使ってみた結果……」
人生一度、不倫をしましょう・・・欲求不満妻が大集合
「数ある出会い系サイトを実際に使ってみた結果……」

02:27:42
※ ビデオ撮影内でのアナル調教シーンあり。


「大丈夫、大丈夫。」
いつの間にか、それが和紗の口癖になっていた。
元々は僕の口癖だった言葉だ。
転んで腕を擦り剥こうと、過労のあまり家に帰るなり鼻血を出して蹲ろうと、
妻を心配させたくない一心で、僕はその言葉を繰り返した。
でも和紗がそれで納得してくれる事はなくて、大丈夫じゃないでしょ、と世話を焼いてくれる。そこまでがワンセットだった。
もう、随分と懐かしい記憶だけど。
「ほんと、大丈夫だから」
今日もまた、和紗はそう口にした。
「そっか」
僕はなるべく自然に笑い、和紗の言葉で安心した風を装う。
自分でも解ってる。これは優しさじゃない。弱さだ。
本当はいつかの和紗のように、大丈夫じゃないだろ、と踏み込むべきなのかもしれない。
ただ、あえて自分を正当化するなら、僕は和紗を信じてるんだ。
もし本当に駄目な状況なら、和紗はきっと僕に相談してくれるはずだ。
それを待たず、彼女の考えを無視してまで介入するべきじゃない。
色々悩み抜いた末、僕はそう心に決めていた。
でも。
いくら心の中で筋道をつけても、実際に和紗を見守るうち、その信念は揺らいでいく。
だって和紗は、明らかにやつれていってるんだから。

「ねぇ、和紗。夜はちゃんと眠れてる? ご飯もしっかり食べなきゃダメだよ」
僕は朝食を摂りながら、正面の和紗に話しかけた。
和紗は、寝ぼけたような、あるいは濁ったような瞳をゆっくりとこっちに向ける。
「……え……? ああ、うん。平気平気……大丈夫だから」
まただ。申し訳なさそうな笑みと共に、和紗はその言葉を口にする。
なんだよ、その顔は。自分で気付いてないのか。
アナウンサーかスチュワーデスを思わせる笑顔。それは普段僕には向けないはずの、余所行きの笑顔じゃないか。
余所行きといえば、服もそうだ。
最近の和紗の服は、カジュアルを通り越して、完全に遊び歩いている女性のそれだ。
露出は多くて、変に性的で、香水までつけて。
どう考えても、喪に服している母親のする格好じゃない。
まさか……浮気?
当然、その考えが脳裏を過ぎる。でも、どうしても信じられない。
ありえない。彼女に限って。
上京して以来、僕に一途で居続けてくれた和紗。
美人でしっかり者だから、かなりの男から言い寄られていたみたいだけど、その皆が玉砕していた。
『あの子ノリはいいけど、意外に潔癖なんだよな』
大学の友達も、和紗の事をそう言ってたっけ。
だけど最近の和紗の色づきようは、男の影があるとしか思えない。
彼女自身にその気がなかったとしても、死産のショックで弱った心の隙を突かれて……という事もありえる。
そう思うと、いよいよ不安になってきた。
仕事も手につかず、つい和紗の事ばかり考えてしまう。
『洗脳』 『詐欺』 ………… 資料を作るフリをして、そういうワードを検索し、余計に不安を募らせていく。
これじゃダメだ。何とかして、この不安の種を解消しないと。


その日僕は、体調不良を理由に定時で帰宅した。ある行動に出るために。
「そういえば今日、職場の先輩にこんなの貰ったんだ。久しぶりに2人でどう?」
帰り際に買ってきた酒を、貰い物のように装って和紗に勧める。
「…………ん。じゃあ、貰おうかな」
ちょうど食器を洗い終えた和紗は、エプロンを外して僕の隣に腰掛けた。
流産から5ヵ月あまり。和紗のスタイルはすっかり昔の通りで、ドキッとするほど胸やお尻は大きく、腰は細い。
この体型にそそられて、粉をかける男も多いんだろうな。思わず、そんな事を思ってしまうほどに。

そこから僕は、久々に長く話した。
仕事上であった馬鹿話、ニュースでやっていた話。それを冗談交じりに語っては、笑いを取る。
「ぶふっ! もー、壮介ったら面白すぎ。職場でも可愛がられるでしょ?」
目尻に涙を溜めながら言う和紗。
その言葉を聞いて、胸の奥がチクリと痛む。
以前の和紗に言われたなら、その褒め言葉も素直に受け取れただろう。
でも今は、彼女の言葉すべてに裏があるように思えてしまう。
僕の会社での評価に言及するのは、自分が外で誰かと関係を持っている事を隠すためなんじゃないか?
浮気をしている人間に限って、パートナーの浮気を疑うという、アレなんじゃないのか?
疑心暗鬼になってそう考えてしまう。そして、そんな自分が堪らなく嫌だ。
「……どうかした?」
と、視界の中の和紗が、不思議そうに首を傾げた。
酒のおかげで程よく上気して、最近じゃ珍しく素直に可愛いと思える顔だ。
その姿を前にして、僕の中の何かが弾けた。
「きゃっ!!」
和紗の小さな悲鳴。思わず和紗を抱き寄せてしまったみたいだ。
でも、もう離さない。
柔らかい和紗の細身を抱きしめて、一杯の愛情を込めてキスを浴びせる。
つむじに、耳に、頬に、うなじに。
「ん、ふんんっ…………」
和紗は特に抵抗する事もなく、されるがままになっていた。
でも僕の手が乳房を揉みしだき、とうとう下半身に伸びようとしたところで、その手首を掴まれる。
「待って! い、今は、そんな事……しちゃ…………」
震えるような声。和紗のその声を聴いた瞬間、僕もたまらなくなる。
「ど、どうしてだよ!? 僕は夫…………僕らは、夫婦じゃないかっ!」
なるべく感情を押し殺したつもりだった。でも僕の口から発される言葉は、多分、和紗以上に震えてる。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。でも今は………………そんな気分に、なれない」
和紗は僕を見上げて言った。涙をボロボロと零しながら。
何だ、この状況は。彼女をいつも笑顔にしようと誓った僕が、どうしてその最愛の人を泣かせているんだ。
何一つ悪意なんてないのに。ないはずなのに。

 ――ごめんなさい。

    ――ごめんなさい。

一体何度の謝罪が、固まった僕の腕の中で繰り返された事だろう。
でも僕にはそれが、夢うつつで聴く声のように遠く感じられた。

明らかに普通じゃない。
和紗のおじいさん――僕にとっては実質的なお義父さん――に電話しようかとも考えた。
でも考えてみれば、僕はおじいさんに直通の電話番号を知らない。
親戚の家に身を寄せているあの人に連絡を取るには、間に和紗を通す必要がある。
それに、『和紗を頼む』と言われて送り出された手前、どうにも連絡しづらい。
となると、候補としてはもう一つ。
和紗が供養のために通っているはずの寺……そこに電話をしてみる手がある。
田舎の寺とはいえ、繁忙期には結構な人が来ていた場所だ。連絡先ぐらい、ネットを探せばあってもおかしくない。
「ちょっと、外に出てくるよ」
和紗にそう言い残して外出し、駅前のネットカフェで検索をかける。
すると、そう苦労もせず見つかった。『崇玄寺』という寺らしい。
いざ電話をかけようとした時、番号を押す手がひどく震えた。怖いんだ。もしこれで、寺の住職が知らないとなれば……。

「…………ああ、鵜久森さんところのお嬢さんか。懐かしいのぉ」
住職のその言葉を聞いた瞬間、僕は背筋が凍りつくように感じた。
「懐か、しい……?」
「ああ。もう何年も前に、東京さ出てってそれきりだ。
 ああ、いや。一度だけ、安産祈願のためっちゅうて、でっけぇハラ抱えて来た気もするの」
「それからは、見てないんですね?」
「そうじゃなぁ。またあの、元気一杯な姿を見てぇもんだ」
のんびりした住職の口調とは裏腹に、僕の動悸は激しくなっていく。
和紗が本当に水子供養に行っていたなら、こんな会話はありえない。
和紗はウソをついていたんだ。確かに僕は、向こうの土地と縁が浅い。だから隠し通せると思ったのか。
…………いや、今考えるべきはそっちじゃない。
大元はなんだ。なぜウソをつく必要があった。田舎に帰るといって、本当はどこに行っていた?
考えるうちに、頭が痛くなってくる。
和紗は、僕の知らないどこかで男と会っているのか。そう思うと、本当におかしくなりそうだ。
家に帰ってからも、まともに和紗の顔が見られない。
同じ空間にいて、同じテレビを観て、同じ料理を食べているのに、お互いがお互いの視線を避けようとしている。
限界だ。誰かに相談したい。頼りになって、信頼できる誰かに。
そう思った時、僕の脳裏には一人の姿が思い浮かんだ。





「よっ、久し振り。何かスゲー大変だったみてぇだけど、余裕できたのか?」
英児はドアを開けるなり、そう言って白い歯を覗かせた。
心なしか遠慮がちな笑顔だ。
僕らの子供の誕生を心待ちにしてくれていた彼には、流産した事実だけは伝えてある。
だから気を遣ってくれているんだろう。
「ごめん、急におしかけて」
「何言ってんだ、水臭ぇな。むしろ、こっちから招待しようと思ってたぐらいだぜ。遠慮なく上がれよ」
英児はそう言って、僕を部屋に招き入れた。
中はとにかく広い。リビングの一角はガラス張りになっていて、見渡す限りの山やビル群が一望できる。
僕が住んでいる所より、遥かにグレードの高そうなマンションだ。
さすが一流企業のサラリーマンは住む世界が違う。
「ま、実は結構無理してんだけどな。ダチ家に呼ぶなら、それなりに見得張らねーとさ」
僕が住まいを褒めると、英児は照れくさそうに笑った。
確かに英児は昔から、僕以外の人間には自分を完璧に見せようとする所がある。
実際には血の滲むような努力をしてるのに、外では涼しげに振舞ったり。
でもそのお陰で絶大なカリスマを得てるんだから、本当に大したものだと思う。

広いマンション内には、寝室が二つあった。
一方は、まだ引越しの時の荷物が散乱してるらしくて立ち入り禁止。
そしてもう片方には、可愛らしいベビーベッドが置いてある。
中を覗き込むと、やっぱり可愛らしい赤ん坊がいた。
幼いながらに、クッキリとした二重や、高い鼻が特徴的な外人顔だ。将来はさぞかし美形に育つ事だろう。
「俺に似てハンサムだろ?」
英児が同じくベビーベッドを覗き込みながら、茶目っ気たっぷりに言った。
ハリウッドスターのようなその笑顔を前にしては、否定のしようもない。
「うん、全くだ。でもこの子、いつ生まれたのさ。言ってくれればよかったのに」
僕は拗ねたフリをしながら言う。英児といると、少し気分が軽くなるようだ。
でも英児の次の一言で、僕は現実に引き戻された。
「ん、何言ってんだ? ちゃんとハガキ送ったろ、超気合入ったやつ」
「えっ!?」
僕は慌てた。そんなハガキを貰った記憶はない。
でも考えてみれば、流産の件以来、僕の頭には和紗の事しかなかった。だから多分、視界に入っても気付かなかったんだろう。
もしかすると、他の広告やチラシと一緒に捨ててしまったのかもしれない。
「ご、ごめん! 最近バタバタしてて、よく見てなかったよ」
「ハハッ、そういう事か。まあしゃあねぇって。こっちも新生活始めたばっかだからよ、ちっと面倒臭がるとすぐこの有様だ」
英児はそう言いながら、ベビーベッド脇に散乱した布のひとつを拾い上げる。
赤ちゃんがお漏らしでもしたんだろうか、その布はひどく濡れていた。
「嗅いでみるか? 可愛い顔の割に、結構キツいぜ」
英児は布の端を摘んだまま笑ってみせ、ビニール袋に放り込んでいく。
「あれ。そういえば、奥さんは?」
僕はふと気になって訊ねた。
女性用の化粧品はさっきからいくつも見えているから、同居してるのは間違いない。でも、日曜の昼にいないなんて……。
僕はそこまで考え、ウチの和紗もそうだと気付いて自嘲する。
和紗は今朝も、用事があると言って出て行ったんだから。
「ああアイツな、今は出掛けてんだ。俺なんかよりよっぽどの仕事人間でよ。
 っつーかまず、嫁ですらねーんだけどな。結婚まだだから」
「え、そうなの?」
「ああ。もしやるって決まったら、流石にお前にも直で電話するしさ」
「そっか。呼ばないと怒るぞ?」
「ははっ、怒るのか? それはそれで見てみてーな」
英児はそう言って笑い、つられて僕も笑ってしまう。本当に英児といると、清清しい気分になる。
でもだからといって、僕の悩みがすっかり消えてなくなるわけじゃない。
「…………それにしても、子供って……可愛いよね」
僕はベビーベッドで寝る赤ちゃんを今一度見つめながら、無意識にそう呟いていた。
「なんだよ、しんみりしちまって」
英児はそう言いつつも、僕に少し同情的な視線を向ける。
そして逞しい腕で赤ちゃんを抱き上げると、僕の方に差し出した。抱いてみろ、という事か。
その厚意に甘えて、僕は英児の子を抱きかかえる。
柔らかくて、暖かい。小さな見た目よりもずっしりと重い、始まったばかりの命。
うちの子もちゃんと生まれていれば、今はこの位だったんだろうか。
僕にそっくりな顔をした子供を、こうして抱き上げられたりしたんだろうか。
そんな事を考えると、つい、涙が零れた。
「う、く……く、くふぅっ……うっ…………」
いけないと思っても止められず、一筋また一筋涙を零し、ボロボロと泣いてしまう。
「あふぇ、ふぇへへぇ!!」
腕の中の赤ん坊は、そんな泣き虫の僕を指差して笑っていた。仮にもパパになるはずだった男が、情けない話だ。

気分が落ち着いてから、僕は英児にすべてを打ち明けた。
和紗が流産したこと。
ひどく落ち込んで、田舎の寺に水子供養に行くと言っていたこと。
でも最近は様子がおかしく、変に思って寺に電話したら、来ていないと言われたこと。
英児は時々相槌を打ちつつも、難しい顔を崩さない。
パッと解決策を提示してくれるかとも思ったけど、彼でさえ長考するほどの問題なんだ、と改めて感じる。
「それ、和紗ちゃん本人には確認したのか?」
しばらくの沈黙の後、英児はそう切り出した。僕は首を横に振る。
「してない。直接訊けばはっきりするのかもしれないけど、下手をしたら関係が壊れそうで、怖いんだ」
「ああ、俺もそれでいいと思う。デリケートな問題だからな、動くにしても慎重になった方がいいぜ。
 何しろ流産直後だ、和紗ちゃんも精神的に不安定になってるだろうし」
英児のお墨付きを得て、少し安心する。
でも、だからといって傍観しているのも限界だ。
なぜ和紗が僕にウソをついたのか。今どこで何をしているのか。それを考えないと。
「理由はいくつか考えられるな。いざ水子供養をしようとして思い直したとか、別の寺で供養することにしたとか。
 タチが悪ィのは、何かのトラブルに巻き込まれてる場合だ」
「トラブル?」
「例えばの話だが、カルトやら詐欺グループやらだ。
 ああいう類は、今の和紗ちゃんみてぇに心の弱ってる人間をカモるのが定石なんだよ」
「!!」
それを聞いて、僕ははっとする。まさに僕も昨日、その可能性に思い当たったところだから。
そんな僕を見て、英児はしまった、という表情をした。
「あ、悪い。不安にさせるつもりはねぇんだけどよ……」
「いや。僕もちょうど、その可能性を考えてたんだ。ありうるよ」
僕が同調すると、英児の表情も少し柔らかくなる。
「そか。まぁいずれにせよ、まずは探りを入れるっきゃねぇな。
 ちっと知り合いに調査依頼してみるわ。幸い俺は職場近いし、いざって時も動きやすい」
英児のこの提案は、かなり有り難い。
これから人事異動でますます忙しくなりそうな僕に、探偵の真似事をするのは正直厳しかった。
「ありがとう。君と友達で、本当によかった」
僕は英児の手を取り、心からそう言った。
「よせ、気が早ぇ。感謝すんのは、この問題にきっちりカタがついてからだ。
 そん時ゃ、お前と和紗ちゃんと2人並んで、ビールでも奢ってくれよ」
英児は朗らかに笑いながら、僕の肩をポンポンと叩く。
大きなその手は頼もしくて、ひどく安心できた。





それからしばらくは、少し精神的にも余裕を持てた。英児が動いてくれているからだ。
一時の感情で下手に動くより、まずは彼に任せよう。そう割り切れば、だいぶ気が楽になる。
そして、二週間後。携帯に英児からのメッセージが入った。

『進展アリ。日曜に家で話す。ウチのが出かける3時以降に来てくれ』

普段のおちゃらけた感じのない、硬い文面。
そしてわざわざ家の人がいない時間帯を指定する辺り、他人に聞かせられない話なんだろう。
その週僕は、焦れながら日曜を待った。
会社や家でこそ普通を装っていたけど、通勤途中なんかは色んな人に振り返られたものだ。
多分、相当顔が怖かったんだろう。よく『平和な顔』だって茶化された僕からすれば、大した変化だ。
でもその変化も、きっともうすぐ終わる。終わってくれ。
僕は心の中でそう祈りながら、英児の家のチャイムを鳴らした。


「…………正直、コレをお前に見せるべきか迷ったんだけどよ。
 隠してもしょうがねぇと思って、見せる事にした」

英児はいつになく厳しい表情で、僕にノートパソコンの画面を見せてくる。
正直この時点で嫌な予感がしていた。親友と2人きりなのに、空気がものすごく重い。
それでも生唾を飲み込み、強く3回瞬きをして、パソコン画面に目を向ける。
画面には、いくつもの動画のサムネイルが並び、さらに裸の女性のポップアップ広告がその周りを彩っていた。
典型的なエロ動画サイトだ。僕も大学生の頃までは、よくその類に世話になっていたから知っている。
でもどうしてそんなものが、今の会話の流れから出てくるんだ。
まさか、まさか。
僕は嫌な予感をいよいよ強めながら、サムネイルを追った。
アングラな雰囲気のあるサイトの割に、投稿頻度はかなり高いようだ。
今は『投稿の新しい順』に並んでいて、今日投稿された動画がすでに7つある事がわかる。
中には明らかにAVの切り抜きのような物もあるけれど、ほとんどは素人による個人撮影ものらしい。
ますます、心に暗雲が立ち込める。
「……え、えい、英児。ま、ままさかこの中に、か、和紗が…………?」
僕は震える声で英児に呼びかけた。でも英児は答えない。腕組みをしたまま、気まずそうに目を伏せている。
仕方なく動画に視線を戻す。
もしもこの中に和紗の動画があったなら、必ず大きな反響を呼んでいるはずだ。
何しろ彼女はスタイルがいい。若者の集まるプールサイドで、男の視線を釘付けにするほどなんだから。
意外に冷静な思考を組み立てた僕は、動画のランキングを確認する。
週ごとの視聴回数、および評価点数のトップ10が表示された欄だ。
それを上から確認する……までも、なかった。
今週の視聴回数1位。そのタイトルがすでに、僕の探している内容にドンピシャだったからだ。

『 Fカップ美人妻 ディープスロート調教 』

直感的に、これが和紗の事だと理解した。
巨乳の美人妻というワード。そして、サムネイルに映っている女性の纏う雰囲気。それに見覚えがありすぎる。
震える指でサムネイルをクリックすると、動画の詳細ページに飛んだ。

『11/4投稿。 個人撮影 / 流出 /人妻/マニアック。
 古い動画は順次、友人のみの限定公開化』

動画説明文にはそうあり、その下にはいくつものタグが並んでいる。
そしてさらにその下には、『コメント(172)』という文字が見えた。

『この方、よく調教されてますねー。最後のほう見る限り、相当長くて太いペ○スみたいですが……』
『これはマジで凄い動画。女子アナ級に美しすぎる女が、極太を根元まで咥えこんでる。
 しかも最後まで嘔吐は一切なし。まさに最上級のメス豚って感じ』
『この女性のシリーズ大好きです。このレベルの人が、こんなハードな調教を受けてるなんて信じられません!!』
『他の人らの言う通り、ハード系じゃ最高峰の女優さん。こんなエロが見れるなんて、いい時代になったもんだ』
『人生で一度だけ乗ったファーストクラスのスッチーが、ちょうどこんな感じの人だった。この動画で妄想して抜きまくった!』
・・・・
そういう、動画を賛美するコメントが延々と続いている。
 ――ふざけるな!
僕は、思わずそう叫びたくなった。人の妻を掴まえて、何を言ってるんだこの連中は。
でも同時に僕はまだ、そこに映っているのが和紗だと完全に信じてはいなかった。
ただ単に胸が大きくて、和紗に似た雰囲気の女性なのかもしれない。いや、きっとそうだ。
そう思って、動画の再生ボタンを押す。

動画は、裸の女性が毛深い男のものを咥え込んでいるシーンから始まった。
背景にソファや壁が映っていることから、場所はそう広くないどこかの部屋だと解る。
カメラはぶれず、視点も動かない。多分、棚の上かどこかに置いて、定点で撮影しているんだろう。
動画内でまず目に付くのは、奉仕させている男の体つき。
相当な肥満体だ。
その風船みたいに膨らんだ下腹からは、巨体に見合った極太の黒いペニスが突き出ている。
そして色黒なそれを、華奢な女性が大きなストロークで咥えていく。
手を一切使わず、完全な口だけでの奉仕。ペニスの暴力的なサイズも相まって、それはひどく犯罪的に見えた。
女性の目には薄いモザイクが掛かっているけれど、鼻筋の通り具合や顎のライン、鎖骨からバストにかけての線だけで、美人らしい事が見て取れる。
見れば見るほど、覚えがある。心臓が激しく脈打つ。
「……俺は席外すわ。何かあったら呼んでくれ」
英児はそう言い残して部屋から出て行く。僕はそれに空返事を返しただけだ。
もう、そっちに意識を向ける余裕さえなかったから。

固唾を呑んで動画を見守ること、5分弱。少し苦しくなったのか、映像の中で女性が姿勢を変えた。
身体の横にだらりと垂れていた腕が、男の太腿を押しのけるような動作をする。
その瞬間、僕は見てしまった。女性の左腋に、小さなホクロがあるのを。
和紗を初めて抱いた時に見つけた、可愛らしい目印。
これと大きな胸を目印にすれば、顔を見なくても彼女だと解りそうだと思ったものだ。
映像の中の女性と、頭の中の妻がはっきりと繋がっていく。
肌色も、肌の質感も、身体の大小のラインも、すべてに生々しい覚えがある。
「あ…………ああ…………ああああっっ!!!!」
気付けば、僕は叫んでいた。ノートパソコンの縁を掴み、叫びながら揺らした。
やがて息が切れた頃になって、ようやく冷静さを取り戻す。
騒いじゃいけない。英児に余計な心配をかける。
そう思い直し、何度か深呼吸を繰り返してから、画面に視線を戻した。

画面に映っているのが和紗だと確信してからは、映像の見え方も全く違ってくる。
黒人並みに巨大なペニスを咥え込む時の、大きく縦に開く唇。
それにあわせて深く溝ができる頬。
ペニスの先が喉奥を突くときの、う゛っと呻くような吐息。
ペニスが抜き差しされるたび、唇から流れ落ちていく透明な唾液。
それら全てを、漫然と見ていられなくなる。
「か、和紗っ!和紗っ!!」
無駄だとは知りつつも、つい画面の中の妻に呼びかけてしまう。
でも、答えが返ってくる事はない。顎と首元を接写された和紗は、ただ黙々と目の前の男に奉仕するばかり。
画面からは、カコッ、カコッ、というディープストートの音が小気味よく繰り返されていた。
男の物は咥え込むのに無理があるサイズだ。口元から喉へと垂れる粘っこい涎からも、容赦なく喉奥をかき回されている事は間違いない。
にもかかわらず、和紗がえづき上げる様子はなかった。
コメント欄にもあった通り、『よく調教されている』んだろう。
これが初めてじゃない。これまでに何度も何度も、太い物を喉奥まで咥え込めるよう調教されたんだろう。
僕の知らない間に。

『ああー……イイぜ。スゲェいい』
画面の中から、唐突に男の声がした。なぜか、ひどく聞き覚えのある声だ。
性根の悪さが滲み出た、威圧的な声。
忘れる訳もない。僕はこの声に7年近くの間、虐げられ続けてきたんだから。
石山だ。石山がこの映像の中で、和紗に奉仕させてるんだ。
その事実に気付いた時、僕は思わず凍りついた。
体が震える。腰が抜けそうだ。居酒屋での一件の時よりもさらにひどく。
あの時はかろうじて未遂だった。でも今は、決定的な瞬間を目にしてしまっている。
『さすがに上手くなったじゃねぇか。ええオイ?』
和紗の艶のある黒髪を撫でながら、石山の声が言う。
 ――やめてくれ!!
僕はガチガチと鳴る歯の奥で叫んだ。
よりにもよって石山。あのゲスの極みのような男が、和紗の髪に触れている。奉仕させている。
その事実が網膜を通して脳に突き刺さり、気が狂いそうになる。
でも映像内の状況は、そんな僕の想いに構わず先へ進む。
石山のゴツゴツとした大きな手が、和紗の後頭部を押さえつける。
そして微妙に角度をつけたまま、深々と腰へと押し付け始めた。
『おぐっ…………っァ、けぁオ゛っ…………!!!』
ここで初めて、女性……和紗がえづきを上げる。
そのえづき声にも聞き覚えがあった。つわりがひどかったころ、和紗はよくトイレに蹲ってその声を出していたから。
大きく縦に開いた唇周りが、さらに強張る。頬の筋は深さを増し、上唇は尖り下顎はぶるぶると痙攣して。
頬から上は画面上部に見切れているけれど、目を見開いているらしい事が伝わってくる。
『へっ、イイ面だな。そのままこっち見上げてろ』
石山は相手を軽んじる態度を隠しもせず、和紗に命じる。
そして後頭部を両手で挟み潰すようにしたまま、自分の思う通りにストロークを調節する。

『もごっ……オ、ォ゛ッ…………!! けォっ、あがっ…………あっ、えぁおっ………………!!』
画面には、とうとう低いえづき声が繰り返されはじめた。
喉の奥から漏れる音も、カコカコという乾いた音から、クチュクチュという水音に変わっている。
白い喉へ垂れるえづき汁の量も目に見えて増していて、いよいよ容赦のない状況なんだと見て取れる。
もう口で奉仕させているというより、ただ和紗の喉という筒を『使っている』ようなものだ。
無機質で、暴虐的。見ているだけの僕でもたまらない。
今、和紗の頬の線を伝い落ちた一筋は、汗か、それともまさか涙なのか。
実際、石山は悪意に満ちていた。
和紗の状態なんてまったく意に介さず、滅茶苦茶なタイミングで腰を前後させる。
そして和紗が余裕をなくし始めた頃を見計らい、一番深くまで咥え込ませたまま、グリグリと腰を押し付ける。
和紗はたまらず、ぶふっ、ぶほっとむせ返ってしまう。
数秒後にようやく後頭部から手が離されると、和紗は弾けるように後ろへ身を引きつつ、初めてペニスを吐き出した。
何本もの太い唾液の線が、亀頭と舌の間を繋ぐ。
それはすぐに自重に負けて垂れ下がり、画面下にビチビチと音を立てる。
画面中央に映るのは、はぁはぁと白い歯を覗かせて喘ぐ魅力的な唇。
そしてそこから少し離れた場所にそそり立つのは、暴力的なサイズを誇るペニス。
長さこそ僕のより少し長い程度だけど、太さが相当にある。和紗はよくこれを咥え込めていたものだ。
『・・・・・・・・・』
画面上部で、石山が何かをブツブツと呟いている。良くは聞き取れない。
そしてその意味が不明瞭なまま、動画はプツリと終わった。

僕は大きく息を吐く。絶望の溜め息かもしれないし、やっと悪夢の動画が終わったという安堵の溜め息かもしれない。
色々な意味で刺激的な動画だった。
客観視できる第三者として観れば、相当に興奮できるんだろう。
激しいセックスとは違うものの、生々しいエロスのようなものが凝縮されている。
鼻から下だけでも十分わかる女優の気品や優美さが、ますます被虐の興奮を高める事だろう。
そう、第三者として観れば。
でも僕にしてみれば、こんな動画は悪夢以外の何物でもない。
そして、その悪夢はまだまだ続く。
動画の投稿者名……『ダイセキザン@番長』をクリックすれば、投稿動画の一覧に飛ぶ。
サムネイルをざっと観ただけでも、和紗のものらしき動画がいくつもあった。
長い黒髪に、ピンク色の肌、そして目を見張るような抜群のスタイル。そんな条件の揃った素人なんて、そうはいない。
「くそったれ…………!!」
僕は奥歯を噛みしめながら、動画の一つをクリックした。




動画が始まってから、わずか数秒後。僕は、完全に言葉を失う。
映っていたのは、さっきよりも遥かに過激な責めだ。
この映像の中の和紗は、身体中に様々な拘束具を嵌められていた。
目隠しにボールギャグ、犬のような赤い首輪。
両腕は筒状の黒い革で後ろ手に拘束されている。
大股開きになった両脚は、太腿から脛にかけてベルト状の拘束具を巻かれ、膝を伸ばせないようにされている。
そして挙句には、両の乳首とクリトリスにまで銀色のクリップが取り付けられ、Vの字のチェーンで繋がれていた。
和紗はその状態で、柄の悪い男に真下から突き上げられているんだ。
『オラッどうだ、だんだんと善くなってきただろ、ァ゛!?』
『ふうう゛……ふぅむぅああ゛……っ…………あぁあふぁ…………』
男が容赦なく腰を打ちつけるたび、ボールギャグの奥から不明瞭な声が漏れる。
苦悶の呻きか、悦びの声かはわからない。
でも僕には、彼女が身体中でSOSを発しているようにしか見えなかった。
鎖骨の辺りから下腹までを、びっしりと覆う脂汗も。
ボールギャグから垂れる唾液も。
目隠しのすぐ下から流れる、汗とも涙ともつかない透明な雫も。
すべてが救いを求めるサインに思えてしまう。
けれども画面下部の男からは、一切の慈悲が感じられない。呻く和紗のお尻辺りを掴んで、延々と腰を使い続ける。

映像の中では、腰使いと同じペースのクッチ、クッチ、という水音と、乳房のチェーンの揺れる音だけが繰り返された。
そして、動画開始から5分20秒が経過した頃。男が体勢を変える。
垂直な騎乗位から、和紗の腰を少し前へ出させる形に。
『うむぅぅ…………』
ボールギャグから悩ましげな声が漏れる。
でも僕は、その声以上に衝撃的な事実を目の当たりにしていた。
体位を変えた事で、はっきり見えるようになった結合部。それは、今の今まで僕が想定していた『膣』じゃない。
ぱっくりと口を開いたあそこには何も挿入されておらず、そのやや後ろ……暗がりに赤黒い物が入り込んでいる。
なんだ、あの場所は?
膣の後ろ…………そこにあるのは、間違いない、排泄の穴だ。
その事実に気付き、僕は戦慄した。
もちろん、そういうプレイがある事は知っている。でもそれは、例えば“人の肉を食べる種族がいる”ぐらいに縁遠い話だ。
実際に排泄の穴をセックスに使おうと思ったことはない。
ましてや和紗にそんな事を申し入れれば、怪訝な顔で『熱でもあるのか』と詰問されるのがオチだろう。
僕らのセックス観はそんなレベルだった。少なくとも、僕が知る限りでは。
その和紗がどうして、お尻なんかでされているんだ。
いや、それともやっぱり見間違いか。微妙な位置だっただけで、実は膣の下の方に入っていたのかも。
僕はそう考えようとした。でもちょうどその瞬間、映像の中で男が絶頂に達する。
「う゛っああ゛、あああ゛っ…………いい、イイわこれ…………!!」
ひどく耳障りな声で呻きながら、体を震わせる男。
その震えが止まったあたりで和紗の脚が持ち上げられ、赤黒い逸物が結合部から抜ける。
まさか、まさか。
そう思う僕に答えを示すようなタイミングで、カメラが和紗の脚の間へと近づいた。
ペニスと同じ太さに開き、白濁を溢しながらヒクつく穴。
それはやっぱり、どれだけ目を凝らしても膣じゃない。その下の、肛門だ。
「ウソだ…………ウソだ」
僕は呟いた。普段あまり独り言をいうタイプじゃないのに、今だけは勝手に言葉が漏れていく。
周りを気にするような余裕がまるでない。
そんな余裕のない僕をよそに、映像の中の状況は進む。

さっきの男に代わって、また別のヤンキーっぽい男が和紗を抱え上げた。
チラッと見えたペニスは、さっきの男より大きい。
男はクチャクチャとガムを噛みながら、薄笑いを浮かべて和紗の首筋を眺めている。
そして胸板をぴったりと和紗の背後につけ、和紗が怯えたように肩を竦めた所で、一気に挿入を果たした。
位置的にはさっきと同じ。つまり、またアナルセックスだ。
『はもぅうううーーーっ!!』
突然で驚いたのか、それとも男の物が大きいせいなのか。和紗はギャグ越しに悲鳴を上げた。
男の笑いが深まる。
噛んでいたガムをプッと吐き捨て、和紗の細い二の腕を鷲掴みにして引き付け始める。
もちろん、腰も力強く突き上げて。
『うむっ、あむはぁあうっ!はぁう、あううぅまっっ…………!!』
和紗の口から次々と声が漏れる。
『ハハッ、いい声だなオイ。子宮の入り口らへんが擦れて、感じんだろ。
 コッチで逝けるようになるまで、徹底的に仕込んでやっからな?』
男はそう言いながら、リズミカルに腰を打ちつける。力強く、でもなめらかなグラインド。
それを妻が受けていると思っただけで、僕は気が触れそうになった。
「畜生、やめろよ畜生ォっっ!!!」
僕はつい、ノートパソコンを置いているガラステーブルに手を叩きつける。
ガイン、という鈍い音と、もっと鈍い痛み。それでやっと僕は正気を取り戻す。
仮にも英児の持ち物に、何て事を。
心配になってノートパソコンの画面を見る。すると、何かおかしい。
どうやら今の弾みで、動画の再生を停止させてしまったらしい。全70分あまりの中の、18分時点までしか観ていなかったのに。
でも今さらまた、あのシーンを見る気力はない。

僕は軽い後悔の念に駆られながら、コメント欄に視線を落とす。
圧倒的な高評価が並んでいた。
拘束具に彩られた和紗の肉体を賛美する声。
その和紗のアナルを犯せる事への、羨望の声。
またその逆で、厳しく拘束され、逞しい男から延々とアナルを嬲り者にされるシチュエーションを羨ましがる声。
和紗に同情的な意見はひとつとしてない。
むしろコメントを追っていけば、この動画の中盤以降、和紗は明らかに『感じている』様子を見せたらしい事が窺える。
49:02、奥まで入れたままグリグリと駄目押しされると同時に、ぴゅ、ぴゅ、ぴゅっと3連続の小さな潮吹き。
54:37、指で開かれたあそこがヌルヌルにテカっている。挿入時の内腿の強張りも、気持ちよさそう。
62:11、天を仰いだまま鎖骨を震わせる。誰が見ても明らかなアクメ。
大きな変化だけでもそんな内容。小さな変化は書き連ねられないほどらしい。
コメントを追ううち、涙で視界が滲む。でも、どうしても気になって読み進めてしまう。
その中で僕は、ある一点についての言及がやけに多い事に気づいた。
『やっぱりあの調教があったから、これだけアナルセックスでヨがれるんだね』
ほとんどのコメントが、どこかにそういう内容を含んでいる。
あの調教――。文脈からしてアナルの調教だろう。このコメント欄の住人が皆知っているという事は、そんな動画まであるのか。
僕は心臓に痛みを感じつつ、サイト内を探して回る。
見つかった。

『 Fカップ美人妻 アナル調教 』

タイトルにはそうある。でも残念ながら、こっちの動画は視聴期限切れだ。
詳細ページを開くと、動画の代わりに内容紹介のサンプル写真が並んでいる。
どの写真も、クリックして拡大する事ができた。
全部で20枚。それらを追っていくだけで、調教内容のおおよそが窺い知れる。

一枚目。何枚もバスタオルを重ねた上で、這う格好をしている丸裸の和紗。
背景にはフローリングと安物のカーテンが映っていて、どこかのマンションの一室だとわかる。
和紗の肛門には、水鉄砲のようなガラスの筒が押し込まれていて、男の太い指がそれを支えていた。
二枚目。さっきとほぼ同じ状況。
和紗は片手でお腹を押さえたまま、背後を振り返りつつ何かを叫ぶような口の形をしている。
三枚目。場所はお風呂場、洗面器に跨った和紗の接写。
両手をまっすぐ床のタイルに突き、腰を落とした騎乗位に近い格好で洗面器を跨いでいる。
首から上が見切れていて、表情は見えない。
洗面器もちょうど真横から撮るような状態で、中身までは見えない。
でもそれだけに、様々な想像が止まらない。
四枚目。五枚目。六枚目。七枚目。八枚目。
この辺りは全部、アナルへの指入れのシーンだ。
すらっとした両脚をくの字に揃えた状態で、アナルに男の指をねじ込まれ。
煎餅布団に寝転んで開脚したまま、膣とアナルを同時に指で責められ。
フェラチオをしつつ、背後からの指入れ。
バックスタイルで膣を責められつつ、後孔への指入れ。
背面騎乗位で責められつつ、指責め。
いずれのシーンでも、和紗の目にはモザイクが入っている。
でも、悩ましい眉根のより具合までは隠れていない。
そして、何より口元が雄弁だ。細く開いたそこを見ると、はぁはぁという喘ぎ声まで想像できる。
九枚目から十五枚目。
Mの字に脚を抱え込んだまま、肛門内で風船のようなものを膨らませているシーンでは、
いよいよ悩ましげな表情になってしまっている。
風船の小さいうちは、どこか期待するような表情。
少し膨らむと、何かを叫ぶような表情。
そして相当な大きさにまで膨らめば、クリトリスで3回ほど絶頂させた時と同じ表情をする。
十五枚目の、膨らみきった風船が勢いよく抜け出ているシーンでは、表情は映っていない。
でもその『筋肉の表情』とでもいうべきものが、深い快感を物語っていた。
十六枚目。
風船に代わり、真ん中の膨らんだ栓のようなものが、画面中央に晒されている。
その背景には、スレンダーな身体で四つん這いになった和紗。
十七枚目。
太い栓のようなものが、半ば以上和紗の尻肉の合間に入り込んでいる。
和紗は画面に尻を向ける格好だから、表情はまったく見えない。
でもその手の平は、シーツを握り締めて深い皺を作っている。
左手薬指だけを、薄暗い中で光らせながら。
十八枚目。
裸のまま高く尻を突き上げている和紗。
股座部分にはゴムの帯が走り、腰のベルトで引き絞られている。
十九枚目。
腰のベルトが外され、ゴムの帯が緩んだところ。
そのゴム帯に押し留められる形で、秘部から極太の、肛門からはやや細い張型がはみ出している。
太腿を伝う愛液の量はかなりすごい。
壁に縋りつくような和紗の表情もまた、歯を食い縛った余裕のないものだ。
そして、二十枚目。
煎餅布団に突っ伏したまま尻を上げ、背後から挿入される和紗。
挿入位置の高さから、膣に入っているんじゃない事は明らかだ。
布団へついた両腕へ顔を埋める形だから、顔は一切見えない。
でもその、全身にきしっと力の入った様子から、やっぱり相当な気持ちの良さが伝わってくる。
コメント欄でも、このシーンは高く評価されている。
『聴いてるだけで濡れるような声』。このシーンの和紗は、それを絶えず発しているらしい……。





僕は溜め息をつき、ソファに身を沈めた。倦怠感なんて表現じゃ足りないほど、心身がだるい。
今の映像は何だったんだ。
得体の知れない連中と和紗が、アブノーマルなプレイを楽しんでいる?
ありえない。何しろ男の中には、あの石山がいるんだ。あんな悪意しかないような男に、和紗が心を許すわけがない。
何かをネタに脅されて、不本意ながらビデオ撮影されている。そう考えるのが自然だろう。
じゃあ、そのネタって何だ。そもそもいつから、何がきっかけのネタなんだ。
考えがうまく纏まらない。あまりにもショックが大きすぎて、頭の中が混乱してしまっている。
「…………入って、いいか?」
控えめな声で、部屋のドアが開かれた。顔を覗かせたのは英児だ。
彼は何も言わず、テーブルに水の入ったコップを置く。
それを見た瞬間、僕は猛烈な喉の渇きを自覚した。喉の奥からは血の味さえする。
無意識に、喉が枯れるほど叫び、呻いてしまっていたらしい。
コップを取り、勢いよく喉に流し込む。でも胸が詰まったような状態では上手く飲めない。
「う……っうぐ、うふぁ……あ……っぐぐ…………!!!」
噎せ返り、鼻からも水が噴き出す。それをきっかけとして、僕の中から何かがあふれた。
号泣。まさにそういう感じで、声を出して泣く。
英児は僕の横に座ったまま、何も言わなかった。何も言わずにいてくれていた。

ひとしきり涙を出し終えると、いくらか気分が落ち着いた。
そうして改めて、悪夢じみた状況に真正面から向き合う事にする。

「…………動画の中に、石山が映ってた」
「ああ」
僕の言葉を、英児は苦々しい顔で肯定する。
「どうして、アイツが和紗といるんだ。アイツと和紗に接点なんて…………」
そこまで言葉に出して、僕はふと気がつく。
あったじゃないか、接点が。
あまりにもトラウマなせいで、無意識に記憶の隅に追いやってしまった出来事。
和紗が、居酒屋のバイトを辞めるきっかけになった事件。
和紗と石山の接点といえば、あそこ以外にない。
「教えてくれ、英児」
僕は、英児の目をまっすぐに見つめた。
「僕らが酔いつぶれた日、あっただろ。あの日、英児が僕らを助けてくれたとき…………どんな風だったのか」
あの夜、僕はいつの間にか酔い潰れ、そこから朝目覚めるまでの記憶がない。
和紗によれば、僕がずっと彼女を守り通したらしいけど、当時からどうもそれがしっくり来なかった。
酔いつぶれる間際のまどろみの中、石山の下品な笑いを聞いた気がしたから。
あの時はともかく無事だったんだからと、深く追求することもなかった違和感。
でも今にして思えば、そこは有耶無耶にしていい問題じゃなかったんだ。

英児は首筋を掻きつつ、一瞬僕から視線を外す。
いつもの彼らしくないその行為に、僕の胸がざわつき始める。
「あの時は、そうだな…………『なんとか間に合った』って…………そう、思った」
英児はそこで言葉を切って、僕の方に視線を戻す。
「店に入った瞬間、机に突っ伏してるお前が見えてよ。その奥で、和紗ちゃんがまさに石山に襲われてる感じだったんだ。
 けど一応パンツは穿いたまんまだったから、まだ“されてねぇ”んだって安心した」
「そ、そっか……」
確かにそうだ。傍若無人な石山が和紗をレイプしたなら、ショーツを戻すなんて事はしない。
やり終えたそのままの状態で放置しておくだろう。
でも実際に完遂まではされていなかったとしても、弱みを握る機会は十分あった、という事になる。
考えてみれば、店で同じく監禁されていた店長――佐野さんは、その一部始終を目撃していたはずだ。
だとすれば、あの事件直後の態度……あのすまなそうな顔も意味が違ってくる。
グアム旅行のペアチケットなんて妙に気前がいいと思ったけど、今考えれば身が凍る。
佐野さんはあの夜、和紗を襲った悲劇を『目撃して』、その自責の念からあれを奮発したんだろう。
筋が通ってしまった。問題の発端は、多分これで間違いない。
なら次に考えるべきは、今この現状をどうするかだ。

「この動画を証拠に、警察に行けば!」
僕は英児に言った。
『和紗の被虐映像』という動かぬ証拠が目の前にある。そして僕は、その主犯格らしき男を知っている。
でも英児は、すぐさま首を横に振る。
「ダメだ。俺も最初そう思って、法律に詳しいダチに訊いたんだけどよ。これを事件化すんのは、まだ難しいらしい」
「ど、どうして!」
「明らかにレイプされてるって内容ならともかく、ここにある動画は全部、あくまで“プレイ”の範疇だ。
 和紗ちゃん自身が嫌がってる素振りを見せてねぇ以上、合意の上って可能性が残る。
 警察ってのは民事不介入が基本だからな。この映像だけで動いてくれる可能性は、ほぼゼロらしい」
「合意な訳がない! 和紗に限って、そんな事あるもんか!!!
 それに、和紗は僕の妻だぞ。その妻とするなんて、そんなの、お、おかしいじゃないかっっ!!!」
僕は思わず叫んだ。
合意。その言葉で頭に血が上って、思いつくままに捲し立ててしまう。
「落ち着けって! 俺だって、勿論そう思ってる。和紗ちゃん、今時珍しいぐらいお前一筋だもんな。
 合意なんかじゃねぇ。何かしら弱みを握られてるに決まってる。だからこそ慎重に、だ。
 石山の馬鹿一人を殴って済むならいいが、この動画を見る限り、相手はグループだろ。
 下手に動きゃ、それこそ和紗ちゃんにとってヤベェ事になりかねねぇ」
英児に肩を掴まれて諭されると、少しずつ気分が落ち着いていく。
感情論ばかりの僕に比べて、彼の言葉は一々もっともだ。
「そう、だね…………ごめん」
「いいって。俺だって最初このサイトを教えられた時にゃ、さすがに目ェ疑ったしよ。当事者のお前なら尚更だろ。
 とりあえず、今は大人しくしとけ。俺の方で人割いて、もっと証拠固めとくからよ」
そう言って笑う英児は、いつも通りに頼もしく思えた。
そして同時に僕は、妻の窮地に何も出来ない自分を呪う。

これから家に帰って、和紗の前で普段通りの姿を演じられるだろうか?
いやそもそも、そんな状況に我慢ができるだろうか?



こんな僕が、本当に、和紗を守る立場の人間と言えるんだろうか…………?




                              続く


20:14:00
※ お  ま  た  せ
  地獄の始まりです



すんなりと大手の内定を取った英児に比べて、僕の就活は泥沼の戦いだった。
他人より優れていると主張するのが苦手な僕は、採用する側にもさぞダメそうに見えた事だろう。
それでも諦めず頑張り続けられたのは、偏に和紗のおかげだ。
『がんばれ パパ』。
白米に海苔でそう書かれた“愛妻弁当”を公園のベンチで広げれば、どんな疲れだって吹っ飛んでしまう。
そして我が家に帰った後は、日増しに膨らんでいく妻のお腹に耳を当てる。
「ふふ。生まれてくるの、楽しみだねぇ」
内職の編み物をしながら、和紗は笑う。外で見せる綺麗に整った笑顔とは違う、子供のように屈託のない笑顔で。
「うん……楽しみだ」
僕も満面の笑みを返す。
心の底から活力の湧いてくる、温かな時間だ。

そして、22歳の春。
僕は悪戦苦闘の末に、なんとか新社会人としての生活を送りはじめた。
給料は決していいとは言えず、入社2日目にしてサービス残業を強いられる。
とはいえ、和紗と2人で暮らすマンションの家賃補助ぐらいは出たし、何より不満を言える身分でもない。
僕はひたすら『良い歯車』になるべく、必死に仕事を覚えた。
もちろん、和紗との生活もないがしろにはしない。
和紗のお腹が目立ち始めた頃、2人で芳葉谷に帰った時のことは印象深い。
まずは和紗のお爺さんの所へ挨拶に伺い、その後で甘味処の跡地に立ち寄った。
廃業してから4年強。ボロボロに朽ちて蔦だらけになった店を眺めていると、僕でさえ物悲しい気持ちになったものだ。
和紗は何も言わなかったけれど、僕の手を握る強さから、その心情は読み取れた。
甘味処を後にしてしばらく歩けば、山の中の寺に辿り着く。
この芳葉谷で、僕が最初に辿り着いた南の寺だ。
安産祈願のこの寺こそ、この小旅行における一番の目的だ。
「元気な子が生まれますように」
2人して手を合わせ、心を込めて祈る。
かなり長く祈ったつもりではあったけど、僕が目をあけた時、隣の和紗はまだ祈っている最中だった。
祈りにかける想いで負けたような気がして、少し恥ずかしくなる。
それと同時に、僕は改めて和紗を真横から観察する機会を得てもいた。
妊娠っていうのは不思議だ。少し前までは驚くほどにスレンダーだった体型が、すっかり変わっている。
それもただ太ったわけじゃない。腕の細さはそのままに、お腹だけがぽっこりと突き出ている。
その中に僕と和紗の愛の結晶がいると思っただけで、嬉しいような恥ずかしいような、妙な気分になってしまう。
「なーによ壮介、ジロジロ見て」
と、和紗がいきなり片目を開けて、僕をジロリと睨み上げる。
「いやぁ、あはは…………!!」
僕はつい照れ笑いを浮かべた。
そう、この時は笑っていられた。少し先に待つ運命なんて知らなかったから。

 ――もう少しでも長く、もう少しでも真剣に祈っていたら、すべてが変わっていたかもしれない。

後に嫌というほどそう後悔するなんて、想像もしていなかったから。




和紗が産気づいたと連絡を受けたのは、仕事の昼休憩が終わる直前だった。
僕はすぐに上司に事情を説明し、病院に駆けつける。
周りから見ても相当な慌てぶりだったみたいで、上司からも病院の受付の人からも、落ち着いてと宥められてしまった。
「はぁっ……はぁっ、そ、そう…………すけ………………」
和紗は分娩台の上で、真っ青な顔をしながら僕を呼ぶ。
いつもの血色の良さがない。そのまま死んでしまうんじゃないかってぐらい、顔色が悪い。
「和紗、が、頑張って…………!!」
僕は愛する妻の手を握りながら、祈りを込めてそう言った。
僕らは予め、出産時に立会いはしないと決めている。僕が血が苦手なのもあるし、和紗も産む瞬間を見られたくないそうだから。
立ち会えない分、気持ちだけでも和紗の傍に置いておこうという気持ちで、僕は和紗を励まし続けた。
「はぁっ…………はーっはっ…………ううう゛っ!!」
和紗は最初こそ嬉しそうに笑ってくれたけれど、それもすぐに苦しそうな顔に変わる。
「出産の準備を始めますから、外に掛けてお待ち下さい」
助産婦さんにそう促されて、僕は入り口に向かう。
そして、扉を開けてまさに外へ出ようという瞬間、たまらずに振り返った。
和紗はそれに気付いて、苦しみの中でも僕に向けて笑顔を作ってくれる。心配しないで、と言うように。
なんて強くて、なんて優しい妻なんだろう。僕は改めて感動してしまう。
後は彼女自身の頑張りと、経験豊かな助産婦さんに任せるしかない。

廊下に置かれた長椅子に浅く腰掛けながら、僕はただ時を待った。
ドラマなんかで見飽きるほどに見た光景だけど、実際自分が経験してみると新鮮だ。
ほんの数秒がおそろしく長く思える。
分娩室の中で頑張っているだろう和紗にエールを送りつつ、子供が産まれた後の事を延々と想像したりもする。
一寸先への不安と、将来への期待が入り混じる時間。
椅子から立ち上がっては分娩室のドアを見つめ、窓の外に目をやり、また座っては貧乏揺すりして、の繰り返し。
その果てに、ふと、赤ん坊の声が聴こえた気がした。
「!!」
僕は弾かれたように顔を上げ、全神経を目の前の扉に集中させる。
確かに扉の向こうから泣き声がしているようだ。ただ、それが和紗の部屋からなのかがはっきりしない。
隣の部屋でも今まさに出産が行われているみたいで、そっちから聴こえてきているような気もする。
改めて周囲を見ると、僕と同じようにやきもきしている男の人が他に何人もいた。
どうも今日は、複数件の出産が重なっているみたいだ。
と、その時、僕の目の前の扉が開いた。
疲れた表情の助産婦さんが一人出てきて、後ろ手に扉を閉める。
「あ、あのっ、生まれたんですか!? 男の子ですか、女の子ですか!?」
僕は辛抱できずに助産婦さんに問いかけた。この時の僕は、多分半笑いだったはずだ。
心配こそしたけれど、心の底では無事生まれるものと決めてかかっていたんだろう。
『元気な男の子ですよ』
そんな声が今にも聞けるはずだと、僕は思っていた。
けれど。
「…………少し、お話よろしいですか」
助産婦さんは難しい顔のまま、部屋の一室に僕を招く。
「えっ?」
僕の喉からは、ただ間の抜けた声が出た。何かおかしい。何か変だ。その悪寒で、背中にじっとりと汗を掻きながら。


「…………つまり………………死産、って事ですか?」
僕がかろうじて搾り出したその問いに、助産婦さんは申し訳なさそうな顔で頷く。
その反応を見た瞬間、僕は思わず丸椅子の上でバランスを崩しそうになった。
腰が抜ける、というやつだろう。身体の芯がすっぽり抜け落ちたみたいに、一瞬座る姿勢を保てなくなったんだ。
「あまり、お気を落とされないよう……」
助産婦さんは必死に励ましの言葉をくれていた。でも、正直耳に入らない。
「か……和紗に、妻に会わせてください!!」
僕はそう乞うた。死産でショックなのは僕だけじゃない筈だ。まずは和紗の元へ駆け寄って励ましてやりたかった。
でも、助産婦さんは厳しい顔で首を振る。
「奥様も今、ひどく取り乱されています。今、混乱した状態の貴方がお会いになるのは危険です。
 しばらくは私共にお任せになって、まずは貴方ご自身がお気持ちを整理なさって下さい」
強い語気でそう言われると、もう何も言えなかった。
それに言われてみれば、今和紗に会うのが良い事とは限らない。
和紗のことだ。僕に申し訳ないと思う気持ちがまずあって、僕本人を前にした瞬間、その自責の念が爆発する可能性だってある。
「………………すみません、取り乱してしまって。妻を、よろしくお願いします」
僕は助産婦さんに深く頭を下げた。
助産婦さんも頭を下げ返し、申し訳なさそうな目で僕を見る。
その目と、現在の状況。どちらもが居たたまれない。
僕は逃げ出すように家に帰って、思わずソファに崩れ落ちた。
涙が頬を伝う。ソファからほのかに漂う和紗の匂いが鼻をくすぐって、また目の奥から涙があふれていく。

 ――どうして、どうして僕らなんだ!

その感情が胸に渦巻く。
僕も和紗も、悪いことをした覚えなんて一つもない。他人の悪口も言わなければ、困っている人の手助けを渋った事もない。
我ながら呆れるほど品行方正にやってきたつもりだ。和紗と出会ってからは、特に。
その僕と和紗の子供を、どうしてこの手に抱く事ができないんだ。
贅沢を望んだわけじゃない。過ぎた身分を求めたわけでもない。
僕らは、ただ一つの宝物…………愛の結晶が欲しかっただけなのに。
「畜生っ!!!」
僕は拳を振り上げて、ガラステーブルに叩き付けた。
冷たい感触の直後、手の骨の中にハンマーを打ち込まれたような鈍い痛みが襲ってくる。
小指が痺れて、曲がったまま戻らない。小指の付け根が、折れたみたいに痛い。
でもそんな刺激的な痛みでさえ、胸のそれを掻き消すには程遠かった。






「…………じゃあ、行ってくる」
和紗は僕を振り返り、笑みを浮かべた。
明らかに無理をした表情だ。やつれた顔に浮かぶ薄笑みは、むしろ痛々しくさえある。
喪服に近い黒のロングワンピースやパールのネックレスが、余計にその陰を増している。
ただ、僕はそれを非難しない。彼女なりに考えがあっての事だろうから。
「ご飯は、冷蔵庫に入ってるから。お肉もちゃんと食べてね。それから、火の元には気をつけて」
「うん。解ってるよ、大丈夫」
僕は苦笑する。和紗はいつもこうして、母親のように世話を焼くんだ。僕自身がかなり抜けているせいなんだけど。
ただ考えようによっては、普段の彼女に戻ったともいえる。いや、そう思いたい。
「ごめん……今度こそ、行くね」
和紗はそう言いながら、僕のおでこにキスをする。
「!」
突然の事に固まる僕。和紗はそんな僕を見て目を細めて、ドアを開く。肌寒い風が吹き込んでくる。
「…………大好きだよ、壮介。」
ドアに身を滑り込ませながら、和紗は囁いた。
そこには一瞬妙な感じがあったけれど、その正体をはっきりさせる暇もなく、鉄のドアが僕達の間を隔ててしまう。

和紗が向かったのは、僕達が安産祈願を行った寺だ。裏では水子供養も行っている所らしい。
僕らの安産祈願を聞き届けてくれなかった寺で、供養なんて。
僕は最初そう思った。でも逆に、だからこそ、という考え方もできる。
それにあの寺は、和紗の甘味処のすぐそばだ。つまり和紗にとっては馴染みの寺だったはずで、無碍にできる訳もない。
そういう事情があって、僕は水子供養のために帰郷する和紗を見送った。
もちろん、僕も一緒に供養したいのが本音だ。でも和紗はそれを許してくれない。
「これは私なりのけじめなの。心に整理がつくまでの。いつか必ず区切りをつけるから、待ってて。
 それにパパとママが両方神妙な顔してたら、あの子だって怖がっちゃうよ」
神妙な面持ちでそう言われたら、何も反論なんてできなかった。
ただでさえ精神的に不安定な状態なんだ。下手な事を言って、追い詰める結果になっちゃいけない。
それに僕自身、まだ新入社員の身であまり余裕もなかった。
休日も仕事をしないととても回らない。会社が遠いのもあって、毎日朝早く出て、帰りは遅い。
だから和紗の事を心配はしつつも、そっちにばかり構ってもいられなかったんだ。

とはいえ、大きな変化があれば流石に気付く。
例えば、それまで喪服のような地味な服だったのが、ある時から急にカジュアルな感じになったりすれば。
「あんまり暗い服ばっかりだと、かえって水子が成仏できないんだって」
僕が理由を訊くと、和紗はそう説明した。
なるほど一理ありそうだ。僕が祈られる側でも、遺族に毎日暗い服を着られたくない。
だからカジュアルな格好については、僕もそれほど気にはしなかった。
ただ、ちょうど和紗がそういう格好をし始めた頃から、妙に帰りが遅くなってきたのは引っ掛かる。

「行ってくるね」
ある土曜日。和紗はいつも通り、笑みを浮かべながらドアノブに手を掛ける。
そう、いつも通りの和紗だ。でも疑心暗鬼に陥った僕には、その笑顔さえ、どこか無理をしたものに思えてしまう。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
僕はほぼ無意識に、和紗を背後から抱きしめて囁いた。その瞬間、僕の腕の中で和紗が強張る。
やっぱりおかしい。以前の和紗なら、こうしても余裕綽々で僕の頭を撫でてきたのに。
「う、うん。気をつけるよ」
和紗はそれだけを言い残して、ドアの向こうに消える。
僕は、胸に靄が渦巻くような気分だった。
一体どうしたっていうんだ。死産がショックだったのは解る。でももう、あれから3ヵ月だ。
体型だってすっかり元に戻ったっていうのに、心の方は改善する気配がない。
いや、普段は割と普通なんだ。
まるで何もなかったかのように、僕と晩酌して談笑するし、先輩達から茶化されるぐらいの愛妻弁当だって作ってくれる。
セックスこそタブーな気がしてしていないけど、それ以外は新婚の頃のままだ。
ただ、今日のような日……寺に行く日だけは、急に表情が翳る。
もう寺に行くのを止めたほうがいいんじゃないか。
いくら亡くなった子供を思っての事だとしても、引き摺られすぎなんじゃないか。
それともそう思うのは、僕が出産に立ち会っていないからなのか。
僕は父親として、情が浅いのか。
アパートに一人いると、そんな事を悶々と考えてしまう。


気がつけば、窓の外には夕日が見えていた。
平日の疲れからか、知らないうちにリビングのソファで寝入ってしまっていたらしい。
「……和紗?」
寝室の方へ声を掛けてみるけれど、返事はない。トイレにも、風呂にも、和紗の姿はなかった。
今日も遅いのか。地元の知り合いと話し込んでいる内に、泊まる事になったのかもしれない。
僕はそんな事を考えながら、冷蔵庫を開ける。
中には、和紗が作ってくれたブリ大根が冷えていた。僕は素朴なこれが好きだ。
でも、何か物足りない。いくらレンジで温めても、どんなに美味しくても、一緒に食べる相手がいないと暖かみが感じられない。
「もう、呑むしかないな……」
寂しさを紛らわせようと、僕はテレビを見ながら一人で晩酌を始めた。
まるで家庭に居場所のないオヤジみたいだ。
ふとそんな事を考え、殆ど間違っていない事実に涙が出そうになる。
気分が落ち込んでいる時は、何もかもが不快だ。
和紗と並んで見ている時は楽しかったバラエティ番組も、今は笑える気さえしない。
起きていても不快なだけだ。
僕は速いペースで酒を進め、電気を消して、無理矢理に夢の世界に逃避する。

そして、しばらく後。
家の傍に一台の車が止まった音で、僕は眠りから醒めた。
時計を見ると12時を回っている。
和紗が帰ってきたのか、とも思ったけど、すぐにそうじゃない事に気がついた。
もし和紗が知り合いに送って貰ったんだとしても、マンションの正面に車を止めるはずだ。
でも、今車が止まったのは裏手の駐車場。
裏の駐車場はうちのマンションとは関係がなく、寂れた雰囲気の割に結構広い。
だから若者連中が、宿代を浮かすためにそこで車中泊する事もよくある。
ただ静かに寝てくれるならいいけど、大体は酒盛りやらを始めて騒ぐから、マンション側の人間としてはいい迷惑だ。
そして悪いことに、今日の来客もまた“そういう類”らしい。

車が止まってからしばらくは、何の音も聴こえてこなかった。
でも暇つぶしがてら窓辺で耳を澄ましていると、かすかに水音のようなものがし始める。
最初こそ控えめだったその水音は、ある時を境に大きくなった。
じゅるっ、じゅるっ、という生々しい音。和紗のフェラチオを思い出して、しばらくご無沙汰だった僕はそれだけで少し勃起してしまう。
そのうち聴いているだけじゃ物足りなくなって、僕は小さくカーテンを開けた。
草だらけの駐車場には、それらしいワゴンが一つ。
深夜の駐車場は暗く、ワゴン自体も若干死角にあるせいで、車内の様子までははっきり見えない。
それでも運転席に男が座っている事と、助手席の女がその股間に覆い被さっているらしい事は見て取れた。
女の背中は、薄暗い車内でも白く浮かび上がっていて、なんだか幻想的だ。
 ――和紗。
嫌でも、最愛の妻が脳裏に浮かぶ。
体目当てで付き合っていた訳じゃ断じてない。でも今の僕は、彼女の白い裸を思い出して勃起していた。

そして、しばらくした頃。それまで続いていた水音が、ふいに聴こえなくなる。
代わりにし始めたのは、ギッギッと車体の揺れる音。
何度かこの部屋でカーセックスの現場を見ているせいで、それが『行為』の音だとすぐに解った。
非常識だ。よりによって、こんな場所でするなんて。
僕は毎度のごとくそう思いつつも、誘惑に駆られて小さくカーテンを開けてしまう。
相変わらずはっきりとは見えない。
でも色白の女性が、誰かの上に跨っている事だけはわかる。
長い黒髪に、若い身体。今までにもカーセックス現場で何度となく見たタイプだ。
でも今は、その後姿が和紗にダブって見えてしまう。
男の首に手を回して、大きくお尻を上下させる黒髪女性……。
『あっ、あっ…………』
抑えがちな喘ぎ声まで、和紗に思えてしまう。
今の僕は異常だ。
自分の意思とは無関係にアレを握って、扱いている。漏れ聴こえる音と声をオカズにして。
「うう、和紗……ああ、あ、和紗ぁ………………っ!!!」
押し殺した声で呻きながら、僕は射精した。こんな時でも、外に聞こえないよう気を遣ってしまう自分が嫌だ。
「はぁっ、はあっ……はぁっ…………」
する事を済ませると、ひどい倦怠感が襲ってきた。
数週間分溜めた精液は、盛大に床やガラステーブルに飛び散っているみたいだ。
その片付けも億劫だけど、それ以上に後悔の念が強い。
見知らぬ女性を、和紗に見立てて慰めてしまった事。それが彼女へのひどい裏切りのような気がして、
僕は静かに泣いた。



                             続く


13:55:16
楽しい時間はすぐに過ぎる。
大学時代の僕はまさにその状態で、あっという間に次の季節が巡ってくるようだった。
その間には色々な思い出がある。嬉しいことも、ちょっと複雑なことも。

『ちょっと複雑なこと』っていうのは、例えばこうだ。
ある日僕は、和紗の働く居酒屋を大人数で訪れていた。
僕の大学の友人4人と、英児の大学の友人5人。
僕と英児自身、そして後から参加した和紗を含めて、合計12人の大所帯だ。
和紗のバイト先に英児を連れて行って以来、こういう事は何度かあった。
人数が人数だけに、ほぼ貸切状態で大いに盛り上がる。
輪の中心はやっぱり英児。人当たりが良くて面白い英児は、僕の友人達ともすぐに打ち解けた。
その彼を王子様とするなら、姫役は和紗だ。
グループには和紗以外にも2人女の子がいたけど、正直、和紗ほどの華はない。
都会に来て化粧を覚えた和紗は、本当に新人アナウンサーかスチュワーデスか、という綺麗さなんだから。
となると当然、英児と和紗はお似合い、という流れになる。
この時点では僕は、友人達に和紗と付き合っている事を秘密にしていた。
なんとなく恥ずかしくて言えなかったからだけど、それがまずかった。

「やーん、やっぱ様になるー!!」
「だよなー。もうそのまま付き合っちゃえよ、お前ら!!」
酔った勢いで、英児と和紗が横並びに密着させられ、囃し立てられる。
和紗は居心地悪そうに苦笑いするばかり。英児も同じく苦笑しつつ、よせよー、なんて言っている。
そして僕は、それを遠巻きに見て胸を痛めていた。
美男美女の2人はよく似合っている。僕と和紗の組み合わせよりも、ずっと。
それでも……いや、だからこそ、親友と和紗の肌が少しでも触れているのが嫌だった。
多分、僕は怖かったんだ。自分の居場所を脅かされるのが。
場のノリで、英児が和紗の肩に手を回す。それを見た瞬間、僕は思わずトイレに立っていた。
吐き気があったわけじゃない。ただ、その瞬間を見たくなかったんだ。
「はー、もう最高だよこれ!!」
「ホラホラ、写真撮るからそのままねー!」
後ろから聴こえてくる歓声を聞くだけでも、つい涙が滲んだ。

飲み会がお開きになった後、英児からは謝罪のメールが届いた。
場のノリに流されてしまった事への謝罪だ。
僕はその誠実な文面を追ううちに、自分が恥ずかしくなってくる。
考えてみれば、英児も被害者なんだ。
僕自身が和紗と付き合っている事実を明かさないんだから、彼がそれを公言する訳にもいかない。
それが枷となって、場の流れに呑まれる形になったに違いない。
 ――気にしてないよ、こっちこそ気を遣わせてごめんね。
僕がそう返信しようとした瞬間だ。
「そんなの、見てちゃダメっ!」
隣を歩いていた和紗が、指を伸ばして携帯の電源を消してくる。
「ちょ、ちょっと。今メールが……!」
そう言いかけて僕は、次の言葉を呑みこんだ。目の前に、今にも泣き出しそうな和紗の顔があったからだ。
そうだ、ここにも被害者がいたんだ。
居酒屋の客であり、僕の友人でもある人間に囲まれて、抵抗のしようもなかった彼女。
その作り笑顔の下では、僕への申し訳ない気持ちに苛まれていたんだろう。
僕と同じぐらい、苦しんでくれていたんだろう。
それに気付いた瞬間、改めて彼女が愛おしくて仕方なくなる。
「和紗…………!!」
僕は無意識に彼女を抱きしめていた。
「っ、壮介ぇ…………!!」
彼女も僕の腰を抱きしめ返した。
この夜が、僕らの二度目の交わり。性欲を満たす以上に、ひたすら肌を合わせ、お互いの存在を感じあう夜だった。
「壮介以外の人に、馴れ馴れしくされるのはイヤ」
和紗はベッドの上で僕と触れ合いながら、何度もそう言った。

和紗が僕を想ってくれる事。それこそ、僕にとっての『嬉しいこと』だ。

「ソースケ、久しぶりに服でも買いに行こうぜ。あ、良かったら和紗ちゃんもどう?
 こないだの侘びにさ、気に入ったのがあったら、2人の分も俺が買うよ」
居酒屋での一件から数日後、英児がそう誘ってきた。
僕としては有り難い申し出だ。英児のファッションセンスは僕より遥かに良い。
自分が悩み抜いて買った服と、英児が見立てた服だと、周囲の反応が全然違うなんて事もザラだ。
和紗も最初は遠慮していたものの、最後には英児の顔を立てるような感じで承諾していた。

「……おっ、これなんてどう? 和紗ちゃんに合いそうだけど」
店についてからものの数分で、英児は和紗用の服を選ぶ。
相変わらずこの即断即決ぶりには驚くばかりだ。おまけにそのチョイスも的確なんだから、本当に人種が違うとしか思えない。
これが甲斐性のある男、というサンプルを見せられている気分になる。
「おっ、良いっスねぇ。よく似合いますよーきっと!」
店員も英児の選んだ服を絶賛していた。
実際、僕もいいとは思う。
上は胸元が大胆に空いて、腕や脇腹の一部がシースルーになった黒シャツ。
下はフェイクレザーのホットパンツ。
色白でスタイルのいい和紗のような女性が黒一色で纏めると、かなりカッコいい。
さらに、シャツの構造で巨乳が、ホットパンツで美脚が際立って、道行く男という男を骨抜きにしてしまいそうだ。
日本人離れした、エロカッコいいファッション……そんな印象だった。
「んー……壮介は、どう?」
和紗はその服を少し見つめた後、急に僕へ話を振る。
「えっ! えー、っと…………」
僕は慌てた。正直、親友の勧めるものに合わせていれば間違いないんじゃ、とは思う。
でもせっかく意見を聞いてくれたんだから、僕なりに考えないと。
それに、彼のチョイスは少し肌の露出が多すぎる。あんまり和紗の肌を他人に見られたくない。
「こっちとか……どうかな」
僕が選んだのは、それこそ女子アナが着ていそうな、清楚そうな服。
半袖の紺色ブラウスに、膝上の白スカートという鉄板の格好だ。
和紗は僕の選んだ服を手にとって、しばらく眺めてから、にっこりと笑う。
「…………ん、そだね。こっちにするよ! ごめんね英児くん」
和紗がはっきりそう告げると、英児と店員は揃って意外そうな顔をする。
でも英児は、すぐに屈託なく笑った。
「ハハハ、そっか。確かにこっちは、ちょっと露出多かったかもな。ごめん、変なの選んじゃって」
「ううん。多分まだ、私のセンスが都会に追いついてないだけ。この辺りでも、そういう服着てるおしゃれな子多いもんね」
「自分が着たいもんを着りゃいいさ。流行りなんてすぐ変わるんだから、無理に合わせようとすることもないって」
英児と和紗は、和やかに会話を続ける。僕はそれを笑顔で見守った。
英児には悪いことをしたかもしれない。
でも僕は、彼女が僕の服に決めてくれたことが素直に嬉しかった。

そう。彼女はいつも、僕のことを一番に考えてくれる。
ルックスでも甲斐性でも、僕より上の男なんていくらでもいるっていうのに。
だから僕も、彼女のことを一番に考え続けた。
あの“悪夢の夜”だって、それは変わらなかった。




忘れもしない。あれは就活真っ只中の、ある夜のこと。
僕は慣れない面接の連続で疲れきり、ヘトヘトの状態で和紗の居酒屋に向かっていた。
もちろん、和紗の笑顔に癒されるためだ。
でもその日に限って、店の様子がおかしかった。
店でよく見かけるお客さん達が、次々と引き戸を開けて歩き去っていく。まるで、店内の何かから逃げ出すように。
 ――火事でも起きたんだろうか。だとしたら、中にいるはずの和紗は?
僕は心配になり、開いた戸の間からそっと中の様子を窺う。
そして、次の瞬間。僕は思わず目を疑った。
視界に入り込んできたのは、石山。英児と出会う前の僕をイジめていた、アイツだ。
石山は中学の頃のイメージそのままに、さらにゴツくなっていた。赤シャツから覗く太い腕には虎の刺青があって、とにかくガラが悪い。
さっき客達が逃げ出していたのも当然だ。あんなヤバイ奴と同席したがる人間なんている筈がない。
僕だっていつもなら、一も二もなく無視を決め込むところだ。アイツの陣取っている場所が、この居酒屋でさえなければ。

「おら姉ちゃん、もっとグーッといけや。まだほろ酔いだろうが!」
石山はそうがなり立てながら、肩を抱いた女性の手にグラスを押し付ける。
「やぇて、ください……もう……こぇ以上は…………」
女性は呻くように首を振った。呂律が回っていないが、その声には聞き覚えがある。そして、その割烹着には見覚えがある。
ウソだ。ウソだ、ウソだ!
僕は何度か脳内でそう繰り返した。でも、誤魔化しようがない。
石山に肩を抱かれているのは…………和紗だ。
その事実に気付いた瞬間、僕の中を衝撃が貫いた。体中に冷や汗がどっと出て、歯がガチガチと鳴る。足が震え始めて、両の膝頭が何度もぶつかる。
知らなかった。大切な物を脅かされる恐怖が、これほどだなんて。

僕は店内の人間に悟られないよう、震え始めた体を戸の影へと隠す。
すると見える光景も変わった。店の主人である佐野さんが、同じくチンピラめいた数人に囲まれている。
脅されているという程ではないけど、気の弱い佐野さんのこと、その状態で警察に電話するなんて無理だろう。
恐る恐る、視点を石山の方に戻す。
「何言ってんだ、まだ素面じゃねぇか。酔いが浅ぇよ。そこ一度超えてみな、グーンと気持ちよくなって来っからよ」
和紗が震える手で支えるコップに、石山がなみなみと酒を注いでいく。明らかに日本酒だ。
和紗は、それをどのぐらい飲まされているんだろう。
たとえ客と砕けた相伴をするにしても、店内にいる間は常にシャンと背を伸ばしているのが彼女だ。
そのせいで大きな胸がさらに強調されて、よく男の視線を釘付けにする。
それが今や、テーブルに突っ伏す寸前という感じで前屈みになってしまっていた。
目は虚ろで、顔は風邪の一番ひどい時のように赤い。
明らかにグロッキーという状態。
恋人のその様子を見て、僕は震えながらに決意する。
僕が助けなきゃ。和紗を助けられるのは、僕しかいない。何度も深呼吸をしながら、そう自分に言い聞かせる。
本当なら、ここはまず警察を呼ぶべき場面なんだろう。
でもそんな冷静な判断なんて、この時の僕にはできなかった。
石山――小・中学校と僕を虐め続け、ネガティブ思考を植えつけた張本人――に、自ら絡んでいかなければならない。
大切な人を守る為に。
その事で頭が一杯になって、一歩引いた考えをする余裕がなかったんだ。

僕は意を決し、勢いよく引き戸を開けた。
下卑た笑いに満ちていた店内が一瞬静まって、合計14の視線がこっちに集まる。
「よ、よぉ、石山くん。久し振りだなあ!!」
僕は底抜けに明るい声を出して石山に歩み寄った。そして、空いた席……石山を挟んだ和紗の逆サイドに腰掛ける。
「あ? ンだテメェ…………!」
まず石山の取り巻きが凄んできた。石山本人も、不機嫌そうにこっちを睨み下ろしてくる。
間近で見ると、まるで関取だ。上半身は僕より4周りは大きくて、とてもとても力では敵いそうにない。
「…………!!」
石山の巨体越しに、和紗がこっちを見ているのが解った。でも、それはあえて無視する。
もし和紗が僕の彼女なんて知られた日には、それこそ何をされるか判らないから。
「どけよ、オラッ!!」
石山の取り巻きが僕を椅子からどけようとするけれど、必死に踏みとどまる。石山の目を覗き込んだまま。
「お前まさか…………ショボ助か?」
しばらく僕を睨んでいた石山は、ようやくそう呟いた。
その言葉で、僕の襟元を掴んでいた取り巻き連中の動きが止まる。
「えっ……し、知り合いっすか石山クン!?」
「ああ。知り合いっつか、中学ン時に可愛がってた奴だよ。なぁ、ショボ助?」
ショボ助。それは、本名である壮介(そうすけ)をもじった僕の仇名だ。
「あ、ああ、ああ。そーいう!」
「なーるほど。ヨロシクねぇショボ助」
石山がその蔑称を使った時点で、すぐに取り巻き達も僕の扱いを理解したみたいだ。
馴れ馴れしく肩に手を回しながら、こめかみをグリグリと指で抉ってくる。かなり痛いけれど、ぐっと我慢する。

「でよォ、ショボ助。悪ぃけど俺ら、今この姉ちゃんと楽しんでるんだわ。話はまた後な」
石山は小馬鹿にしたような一瞥を寄越しつつ、和紗を抱き寄せる。
その動きを見た瞬間、また僕の心臓は締め付けられた。
「そう言うなって。せっかく久し振りに会えたんだからさ」
僕はそう言ってコップに酒を注ぎ、石山に差し出した。
石山が目を丸くする。まさかあの気弱な僕がそんな反応をするなんて、という感じだ。
確かに普段の僕らしくはない。今だけの強気だ。
「テメェ……言うじゃねぇかよ。英児のお気に入りだからって、図に乗ってんのかコラ!?」
「そ、そんな事ないよ。ただ、せっかくだからさ。昔の知り合いって、意外と中々会えないじゃないか!」
凄む石山に怯えつつも、僕は必死に食い下がる。何としても和紗から意識を外させるために。
その甲斐あってか、石山は和紗の肩から手を退けた。そして、本格的に僕に向き直る。
「ほぉー、そうかそうか。うーし解った、なら付き合ってやる。
 おいお前らァ、コイツが朝まで呑みたいってよ。ジャンジャン飲ませてやれや!!」
下衆な本性をむき出しにして、石山が笑った。それを受けて、取り巻きも笑う。そしてコップに酒を注いでは、僕の前に叩きつける。
「うーぃショボ助クーンお待たせー。どんどん飲んでよ!!」
「そうそう。ほら、一気、一気!!」
コールに煽られながら、僕は覚悟を決める。そして目の前のコップを掴むと、一気に口の中へ流し込んだ。
熱さが喉を灼く。ツンとしたアルコール臭が鼻の奥を刺す。
「お、いけんじゃねーか。オラもっといこうぜ!!」
「この店、酒はまだまだあっからよ。遠慮はいらねーよ?」
一杯を飲み干しても、すぐに次の一杯が手渡される。
2杯目の一気。眼球が煮込まれたようにどろりと揺らいで、頭がスカスカになる。世界が光と共に回るようだ。
「ハイ次ー!」
そして、駄目押しの3杯目……。
僕はけっして酒が強い訳じゃない。こんな無茶な飲み方をして、大丈夫とは思えない。
でも、耐えるしかなかった。ここで逃げ出したら、残された和紗にターゲットが向くのは明らかなんだから。

延々と酒を呑まされる中で、石山が武勇伝らしき事を語っているのが聴こえていた。
余裕がなくて、話の内容は頭に入らない。
でもどの部分を切り取って聞いても、ろくな事じゃなかった。
無免許で車を爆走させた話。酔った勢いで旅館の従業員をレイプした話。バイトするのが馬鹿らしくなるほど美人局で荒稼ぎした話。
そんな犯罪自慢を延々と繰り返している。
それを聞くうち、僕はそんな奴が和紗の肩を抱いている事がいよいよ許せなくなった。
だから、必死に耐える。
何杯目か忘れたけれど、テキーラを一気飲みさせられた瞬間は本当に危なかった。
飲み干した瞬間に脳がサイレンを鳴らし続け、堪らずにトイレに駆け込む。
そしてドアを開けた瞬間、我慢できずトイレの壁じゅうに吐瀉物をぶちまけてしまう。
「う゛っ、うう゛ぇあ゛っ、あげぼっ…………!!」
吐いても吐いても、涙と胃液がとにかく止まらなかった。

千鳥足で店内に戻ると、テーブルの酒瓶の数がまた増えている。
増えた分は、ほぼ和紗が呑まされた分だろう。
僕が助けに入った時よりもさらにぐったりとした和紗は今、石山に寄りかかるようにして乳房を揉みしだかれていた。
「んん、ん…………ぅあ」
苦しげに眉を顰め、呻く和紗。
その眉根と同じく、割烹着の左胸にも深い皺が寄っている。
僕はその光景を見た瞬間、また意地になって石山の横に割り込んだ。

その後覚えているのは、喉の灼けるような痛みと、回りながらドロドロに溶けていく視界だけ。
何杯も何杯も、囃されながら酒を飲み干し、そのたびに気分が悪くなる。
何度もトイレで吐いては、心の底に燻るものを頼りに舞い戻った。
そうして限界の限界まで踏ん張ったつもりだったけど、結局はいつの間にか落ちていたみたいだ。
それに気付いたのは、誰かの手で揺り起こされた後だった。


「…………よう。目が覚めたかよ、ヒーロー」

開いた瞼の間に見えるのは、日本人離れした彫りの深い顔つき。
脳をハンマーで叩き潰されるような気分の中でも判る、親友の顔だ。
辺りはひどく白い。どうやら朝方らしい。
「なん、で…………英児、が…………?」
普通に喋ったつもりなのに、酒焼けのせいでほとんど声にならない。
でも通じはしたみたいで、英児は白い歯を覗かせた。
「昨夜、この辺通りかかったダチが知らせてくれてさ。お前と和紗ちゃんがヤベエってんで飛んできたんだ。
 石山のクソヤロー、俺が顔見せた途端に尻尾巻いて逃げてったぜ」
その言葉を聞いて、僕は心底からホッとする。吐き気がひどくて、溜め息さえつけないけど。
「壮介」
ふと上の方から、泣きそうな声が降ってくる。
なんとか見上げると、そこには目に涙を溜めた和紗の顔があった。
視線が合った次の瞬間、和紗は僕に抱きついてくる。そして、声を上げて泣いた。
「…………ごめん。ごめんね壮介。私のせいで…………ごめん…………!!」
泣きじゃくりながら、和紗はそう繰り返す。意識がハッキリしている辺り、僕よりはマシな状態みたいだ。
「平気だよ。和紗が無事で、よかった」
僕は力を振り絞って囁く。
すると返事の代わりなのか、和紗の指がぎゅっと僕の背中を握りしめてくる。
「しっかし、スゲー奴だよお前は。俺らが助けに来るまで、こんなに粘るなんてよ。さすがは俺の親友!」
英児がテーブルに散乱した酒瓶を眺めて笑う。
見事にボロボロだけど、どうにか彼女を守れたみたいだし、自慢の親友からも褒められた。
最悪な気分の中でも、少しだけ嬉しさがこみ上げてくるのがわかった。




この一件をきっかけに、和紗は居酒屋でのバイトを辞める事になった。
またいつ石山が来るかも解らないから。
佐野さんは、残念そうにしつつも引き止めることはしない。
でも最後の最後、僕だけを呼び止めて手招きする。
「…………あの子達、本当にキミの知り合いだったの?」
佐野さんにじっと見つめたまま問い詰められ、僕は頭を下げる。
「はい……。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」
「いやいや、謝るのはこっちの方だよ。私はどうにも気が弱くてね、本当は警察でも呼ぶべきだったのに、出来なかった。
 そのお詫びといってはなんだけど、これね。気分転換に2人で行って来てよ」
佐野さんはそう言いながら、封筒に入った何かを差し出した。
中を確認して、仰天する。それは、ハワイ旅行のペアチケットだったんだから。
いくらお詫びと言ったって、高価すぎる。
「えっ……! い、頂けません、こんな物!!」
僕は思わず返そうとしたけれど、佐野さんは受け取ろうとしない。
「いやいや、良いんだよ。知り合いからたまたま貰っただけだから。僕は一緒に行く相手もいないからさ、活用してよ」
そんな問答を繰り返して、最後には佐野さんの好意に甘える事になる。

帰り道を和紗と歩きながら、僕は密かに決意していた。
この機を逃す手はない。これを僕らの新婚旅行にしよう、と。
でもそれを和紗に打ち明ける前に、まずする事がある。
3日後。
僕は、海が一望できるレストランに和紗を呼び出した。
「なんだか、緊張しちゃうね。でも、今日はどうしたの? こんな所で…………」
シャンデリアの眩しい高級レストランで、料理を待つ。
その間和紗ははにかんだように笑いながら、何度も僕に話しかけた。
でも僕は、それに生返事を返すばかり。
これからしようとしている事への緊張で、きっと顔も強張りっぱなしだ。
とうとう会話も途切れた頃、コース料理の前菜が来る。
食べた事もない、高級フランス料理のフルコース。
個室を取ったからマナーに気をつかう必要はあまりないとはいえ、お互いに緊張の極みだった。
ただそれでも和紗は、僕よりいくらか上手に食べているみたいだった。やっぱり、要領がいい。
僕はこれから、そんな彼女に…………結婚を申し込もうとしている。

コース料理が残りデザートのみとなった所で、皿を下げにきたウェイターさんに目配せする。
電話で予約を入れた時から親身になって相談に乗ってくれた人だ。
彼は整った顔立ちのまま、任せてくださいとばかりに笑った。
そして、数分後。徐々に部屋の照明が落とされる。
煌びやかな黄金色の空間が、シックなムードの漂う赤銅色に変わっていく。
「あれ? ちょっと暗くなってない…………?」
和紗がふと天井を見上げた瞬間、僕は足元の荷物から箱を取り出す。
そして正面に向き直った和紗の前へ、その箱を差し出した。

「う、鵜久森さん。僕と、結婚してください!!」

何十通りと文句は考えた。
でも洒落たものほど僕らしくない気がして、結局はこのシンプルな言葉に決めた。
鵜久森さん、なんて呼ぶのはいつ以来だろう。
出会った頃の事が思い出されて、ひどく懐かしい気分になる。
和紗は……しばらく、僕の開いた箱の中を見つめていた。
わずか0.2カラットのダイヤがあしらわれた、小さな小さな婚約指輪。
けれども、今の僕の精一杯を込めた指輪だ。
僕が固唾を呑んで見守る中、和紗の両手が口に添えられた。
そして、数秒後。爛々と見開かれた瞳から、ボロボロと涙が零れはじめる。
「う、うっ…………ひっく、うっ…………!!」
その様子に、僕は心配になる。
もしかして、ダイヤが余りにも貧相すぎたんだろうか?
やっぱり学生の身で無理なんてせずに、社会人になってからお金を溜めて、ちゃんとした物を買うべきだったのか?
そんな事を考えていると、小さな声が聴こえてくる。
「う、うれし…………い………………あり、がと………………ありがと、壮介………………!!」
涙を流し続けながら、確かに和紗はそう言った。
そしてその瞬間、ドアが開いて満面の笑みのウェイターさんが姿を現す。
「おめでとうございます!!」
彼は僕にも笑みを見せながら、キャンドルの灯ったケーキをテーブルに置いた。
僕らを優しい光で包むそれは、ひどく胸に響いて、僕まで目に涙が滲んでくる。
出会ってから、約5年。
僕らはこの瞬間ついに、お互いを人生の伴侶とする事に決めたんだ。




青い海に白い砂浜、そして雄大な自然。
ハワイでの新婚旅行は、それはもう楽しかった。
クルージングで他の数組のカップルと共に新婚を祝われた時には、妙にくすぐったい気分になったりした。
そして和紗の薬指に光るのは、僕の送った小さな指輪だ。
「小さくって可愛いよね、これ」
僕の視線に気がつくと、和紗は目を細めて笑いながら指輪にキスをする。
波飛沫を背景にしたその姿は、女神のように輝いていた。

昼は海で楽しみ、夜はホテルで身体を重ねる。
「…………ふふ、イキそうなの?」
裸の和紗が僕に覆い被さるようにして、アレを扱いてきた。
最初こそ僕がリードしていたセックスだけど、回数を重ねるごとに、和紗主導になっていく。
草食系の権化のような僕がいつもリードするのには、やっぱり無理があったから。
「ああ、う……っぁ……」
和紗の責めは本当に気持ちよくて、僕はつい呻いてしまう。
「イキそうな壮介の顔って、すごく可愛い」
和紗は真正面から僕の顔を覗き込みながら、そう囁いた。
僕にしてみれば、そんな和紗の顔こそキレイすぎて見惚れてしまう。
興奮のあまり、和紗の柔らかい手の中で何度も分身が跳ねる。
その度にクスッと笑われるのが恥ずかしい。
和紗は僕の分身を弄び続ける。
たっぷりの先走り汁がいい潤滑剤になって、クチュクチュと音が響く。
まるで和紗のアソコに入れてるみたいだ。そう考えた瞬間、僕はいよいよ興奮して堪らなくなった。
「和紗……」
喘ぎながら、目の前の顔に呼びかける。
「なに?」
和紗はくるくるとした瞳を細めて、僕を見つめ返す。僕の望みは多分解ってるんだろうに。
「和紗の中に…………いれたい」
僕は、我ながら弱弱しい声で哀願する。もう虚勢を張るような余裕もない。今にも、何かの間違いで射精してしまいそうなんだから。
「ふふっ」
和紗はそんな僕に蕩けるような笑みをくれて、前屈みだった姿勢を戻した。
僕の視界一杯に広がるのは、彼女のあまりにも整った体。迫力のある胸に、よく括れた腰。
こんな綺麗な人が、僕の彼女……いや、婚約者だなんて、今まさに繋がろうとしている瞬間でさえ信じられない。

筋張った2本の美脚が下りてきて、僕の分身を呑み込んでいく。
いつも思うことだけど、和紗の中はかなり締まる。和紗以外とは経験がないから比較は出来ないけど、締め付けは強いほうだと思う。
元々限界寸前だったのもあって、僕は奥深くまで分身を呑みこまれた瞬間に、小さく呻いて達してしまった。
「あっ! 出てる…………」
和紗は驚いたように呟いた。
普段はゴムをする事が多いけど、今日に限っては生のままだ。だから、射精の感覚もはっきり伝わるんだろう。
「ごめん。我慢できなくって」
「ううん、いいよ。たっぷり出して」
僕の謝罪に、和紗はいやがるどころか、とびきりの笑顔をくれる。
僕はその言葉に安心して、好きなだけ快楽を貪ることにした。
和紗主導なだけじゃなく、僕自身も和紗の括れた腰を掴んで深くまで挿入する。
そうすると、和紗が気持ち良さそうに喘いでくれるから嬉しかった。
お互いが汗に塗れながら、海を臨むベッドの上で、延々と求め合う。
高揚と興奮が入り混じって、いくらしても冷めることはなかった。

「…………これだけしたら、確実に子供出来るよね」
4回目の小休止の時、和紗はお腹を撫でながら言う。
僕もその通りだと思った。これだけ執拗に膣内出しして、出来ない訳がない。
でも、後悔はなかった。子供が出来ても構わない。
これから社会人になる身として、妻と子供、両方を支えていく覚悟はとうに出来ている。
「私と壮介の子供って、どんなかなぁ」
「多分、和紗に似てるんじゃないかな。というか、そうであって欲しいな」
「何言ってるの。両方に似てるに決まってるでしょ」
「顔はともかく、運動神経の鈍さは受け継いで欲しくないな……」
「あ、それは確かに」
手を繋いだままベッドで横並びになって、僕らは将来の子供に想像を巡らせる。
色々意見を交し合ったけど、結論は決まっていた。
「…………きっと、優しい子になるんだろうね」
「うん」
それだけは間違いない。僕と和紗の子供なんだから、優しいに決まってる。
僕だってそこにだけは自信がある。和紗に選ばれた唯一の長所――それが『優しさ』なんだから。
仕事が出来ないのも、不甲斐ないのも簡単には変わらないだろう。
でも、優しさという長所だけは無くさない。
いつまでも、妻と子供を優しく見守っていく夫になろう。
僕はまた和紗とキスを交わし始めながら、改めてそう決意した。


                     続く

17:58:54
※初Hシーンアリ。エロはややあっさり気味。

高校も3年になると、就職組以外は大学受験一色になる。
英児は最難関私立へのスポーツ推薦がほぼ確定しているらしい。
僕が狙うのは、その2ランク下。とはいえ僕の学力じゃ、一年間必死に勉強しないと受かりっこないレベルだ。
当然、芳葉谷に行く機会は極端に減った。
だからといって、和紗との繋がりが切れた訳じゃない。
遊びに行けない代わりに、文通は週一度のペースで続けていた。
『遠くから、合格を祈ってるからね』
その言葉がありがたい。彼女に応援されているんだと思えば、自然と勉強にも身が入る。
たまに同封されている元気一杯な近況報告も、いい息抜きになった。

ただ、全部が全部気楽な報告だった訳でもない。
『最近、爺ちゃんがボケ始めてる。』
ある日の手紙にはそうあった。
前後の文脈は冗談めかしたものだったけど、なぜかその一文が気にかかる。
そういえばお爺さんも、もういい年だもんな。もし本当に痴呆が始まってるなら、和紗も大変だろうな。
勉強の合間に、ついそんな事を考えてしまう。
だからといって様子を見にはいけない。
寸暇を惜しんで勉強しなければならない状況で、往復4時間は遠すぎる。
それに、受験を意識しだしてからはバイトも辞めていたから、金銭的な意味でも苦しい。
結局僕が真偽を確かめに行けたのは、それから1年近くも後。
かろうじて合格をもぎ取った、という報告ついでの事だった。




ほんの1年見なかっただけなのに、芳葉谷の風景はひどく懐かしい。
昭和じみた町をしばし行くと、田んぼの中に見覚えのある子供達の姿が見えた。
「あ! あんちゃー!!」
彼らも僕に気付いて、泥だらけの足で駆け寄ってくる。
本当に足が早くて、3つ瞬きする間に四方を取り囲まれてしまう。
「あんちゃ、ゴウカクしたか!?」
開口一番にそう訊かれた。どうやら和紗は、こんな小さな子達にも触れ回っていたらしい。
「うん。おかげさまでね」
僕がそう答えた瞬間、子供達は一斉に目を輝かせ、満面の笑みで僕の腰を叩いてくる。
「やっだなぁ、あんちゃー!!」
「わっしら和姉ぇに言われて、毎日皆でお祈りしてたんだべ!?」
ある子は自分の事のようにはしゃぎ回り、ある子はポケットから学業お守りらしきものを覗かせ。
純真な彼らに運ばれるようにして、僕は甘味処に辿り着く。

「お、久し振りじゃの。よう来さった」
お爺さんは、僕を見るなり表情を綻ばせた。
「あんちゃ、でーがく受がったって!」
僕を押している子供の1人が言うと、お爺さんは一瞬驚いた表情をし、その後はさっき以上に笑い皺を深くする。
「おお、おお、そりゃあ良がったのぉ! 大したもんはねぇが、お祝いじゃ」
そう言って店の奥に姿を消すと、淹れたてのお茶や、色々なお菓子を載せた盆を出してくれる。
まるで、本当のおじいちゃんみたいに。
「すみません、わざわざ。頂きます」
感謝の気持ちを込めて、盆に載った草団子を手に取る。
噛むと、相変わらず本当に柔らかい。そして、団子も上の餡も、今までで一番美味しく感じる。
久し振りだから、だろうか?
お爺さんは子供達にも団子をやりながら、ゆっくりと縁側に腰を下ろす。
先入観があるせいだろうか。見た目も動き方も、前に見た時よりめっきり老け込んだようだ。
 ――『最近、爺ちゃんがボケ始めてる。』
和紗の手紙に書かれた一文が脳裏を過ぎる。

「しかし、本当に合格するとはの。あの子が聞いたら喜びそうじゃ。
 なんせ、近頃は毎日のように北の寺さ参って、一生懸命祈ってたんだがら」
お爺さんは笑いながら言った。
芳葉谷に4つある寺のうち、北の一つが学業成就の寺……そう和紗から聞いた覚えがある。
南の寺にほど近いここからは、一番遠くにある寺だ。
そんな場所に毎日通ってくれるなんて、何だか背中がむず痒くなってくる。
「そういえば、彼女はどこですか?」
何気なく僕が訊くと、おじいさんは大きく首を傾げた。
「ん? そういえば、出てこんのぉ。…………おーい和紗や、壮介君さ来たべよーー!! おーーい!!」
おじいさんが何度叫んでも、返事はない。
壁の震えるような大声なんだから、聴こえていないはずはないのに。
「まったく、何をやっとるんじゃ……」
やがて痺れを切らしたお爺さんは、草履を履きなおして店に入っていく。
そして、そこから数分。
変化のない状況に飽きた子供達が、僕に手を振って皆居なくなった頃。
さすがに不安になり、おじいさんの後を追おうかと思い始めた頃。
ようやくお爺さんが姿を現した。なぜか、バツが悪そうに毛の薄い頭を掻きながら。
「やぁ悪い悪い、すっかり忘れとったわ。あの子は今、ワシの代わりに山菜採りに出てくれとるんじゃ」
その言葉に、僕はホッとする。事件があった訳じゃなくて何よりだ。
でも、同時に別の心配事が杞憂では済まなくなった。
お爺さんがボケ始めている。どうやら、こっちは事実らしい。




縁側に戻ってから、お爺さんは最近の和紗の様子を聞かせてくれた。
僕の想像通り、和紗は手紙を書く間、緊張しっぱなしだったみたいだ。
まず手紙を書くと宣言してから1時間以上、腕組みをしたまま家中を歩き回る。
この間、お爺さんが落ち着けといくら声を掛けても耳に入らない。
そしていざ机に向かえば、目を見開いたまま顔を強張らせ、背筋をピンと伸ばして一心不乱に書き進める。
たっぷり2時間ほどかけて書き終えると、正座で足が痺れたと言って畳の上を転がる。
毎回これの繰り返しなんだそうだ。
お爺さんはそんな孫娘の様子を、思い出し笑いを挟みつつ楽しそうに語る。
でも、何故なんだろう。時々その目が、寂しそうな色を見せるのは。

「…………あん子は、壮介君の事さ大好ぎみでぇだ。
 元々人見知りなんぞする子じゃ無がったが、そんじも男に対しては、妙に身持ちの固ぇとこさあったんだべ。
 だげんじょ、あんちゃにだけはそうならなんだ」
色々な男の中で、僕だけが特別に和紗から好かれているらしい。
ありがたい話だ。夢じゃないかってぐらい、嬉しい。
お爺さんから、何かを訴えるような眼光を向けられていなかったら、もっと素直に喜べるのに。
「壮介君。」
お爺さんは、重々しい声で言う。
いつも柔和な笑みを浮かべている人と、同じ人物とは思えない。
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばして返事をする。
「ワシはな、壮介君。じきに店を畳もうかと思うとる」
「えっ!?」
突然の宣言に、僕は驚くしかない。そんな僕をよそに、お爺さんは続けた。
「ワシも、もうすっかり耄碌しての。よう判らん事が多ぅなった。
 自分が今何しでだかも判らん。歩き慣れた道が、急に知らん道に思える事もある。
 壮介君が初めてこん店に来た時、店さ開けとったじゃろう。
 あれもな、すぐそこの山道で迷って、よう帰れんようになっとったんじゃ」
淡々としたお爺さんの語りに、僕は絶句する。
『ボケ始めている』どころじゃなく、本当に危ないじゃないか。
そうか。だから和紗は今、お爺さんに代わって山菜採りに出かけてるんだ。
それを察してお爺さんも、店を畳むことを決意したんだろう。
お互いがお互いを思っての行動なんだ。部外者の僕に挟む口はない。
ただ、お爺さんがわざわざこの話を僕にした事には意味がある。
そしてその意図に、僕は薄々勘付いていた。

「店ぇ畳んで親戚の家さ厄介になる話は、もう随分前からしとった。
 じゃが、和紗の身の置き場が決まらんでな。
 あん子は良ぇ子じゃ。両親を事故で亡くして以来、ワシの店を健気に手伝い続けてくれとる。
 和紗だけは幸せにしてやりたい。
 どうじゃろう、壮介君。あん子を、一緒に東京さ連れて行ってやってくれんか。
 畑仕事やら料理やらは一通りできる子じゃ、都会でも何かしらの働き口はあるじゃろう。
 今までは都会へ1人放り出すのが心配じゃったが、壮介君となら安心じゃ。
 …………頼む。どうか孫の面倒さ、見てやってくなんしょ!!」

お爺さんは哀願しつつ、薄くなった頭をフェルトに擦りつけた。
そんな事をされなくたって、とっくに僕の心は決まっている。
いずれは僕の方こそ、『娘さんを下さい』とお爺さんに頭を下げるつもりだったんだから。

「任せてください。僕が必ず、和紗さんを守ります。
 幸せにします!」

僕はお爺さんを前に、できるだけ強く言い切った。
大袈裟な言葉だとは思わない。これは、僕の本心だ。






こうして僕らは、東京で新生活を送る事になった。
大学入学を期に実家を出た僕は、大学近くのアパートに。和紗はその近くのマンションに。
最初は同棲しようかとも考えたけど、恥ずかしくて言い出せなかった。
お互いの着替えやお風呂上りの姿を日常的に目にするなんて、僕らにはまだ早いように思えたんだ。
今にして思えば、さすがに奥手すぎたけれど。

新生活を始めたばかりの頃は、お互いひたすらに忙しかった。
僕は昼に大学へ通いつつ、学費と生活費を稼ぐべく、受験で一時辞めていたコンビニバイトを再開する。
和紗も、近くの居酒屋でバイトを始めた。
僕らの街には、とにかく居酒屋が多い。
駅近くに巨大な問屋街があるせいで年間を通して人通りが多く、その客を絡めとるかのように、高架下から居酒屋の網が広がっている。
和紗が働き始めたのは、そんな居酒屋のメインストリートから少し離れた、小さな店だ。
決め手は主人である佐野さんの人柄だった。
少し気が弱そうではあるものの、いかにも人が良さそう。和紗は、僕の数十年後みたいって笑ってたっけ。
できれば僕もそこで一緒にバイトしたかったけど、小さな店だから1人雇うのが精一杯らしく、泣く泣く断念した。

新しい生活は、忙しいながらも楽しい。
僕は英児のいない大学でなんとか友達を作り、付き合い始めた。
高校の頃の僕なら、そんな勇気もなかっただろう。でも今は、少し自分に自信が持てている。
眼鏡をコンタクトに替え、美容院へ通うようになって以来、見た目のウケもそう悪くない。
もっともこれは、和紗と並んで歩いていても恥ずかしくないように、とした事なんだけど。
和紗の方は、店の看板娘として、週6日くらいで働いていた。
何しろ可愛くてスタイルがいいから、和紗狙いの客もそこそこ増えているらしい。
お爺さんの言う通り『人見知りしない』和紗は、酔った客からたまにセクハラを受けても、それを冗談っぽくイジり返して場を盛り上げていた。
田舎の出だけあって、明け透けなオヤジの扱いには慣れている。和紗はそう鼻を高くしていた。

そんな生活を続けているうち、また夏がやってくる。
和紗と初めて会ったのも暑い日だった。
それから2年後。僕らは、ようやく本当の意味でお互いを知ることになる。




何日も前から、その日の予定は決まっていた。昼はプール、夜は浴衣を着ての花火大会。
2人でプールに行くのは初めてだから、嫌でも興奮してしまう。
和紗の、水着姿……。
気温が上がるにつれて和紗も薄着が多くなり、そのスタイルの良さを改めて感じていたところだ。
まず、なんといっても胸が大きい。
英字のプリントされたシャツを着ると、胸元の文字だけが歪んでしまうぐらいに。
その一方で腰は細くて、胸の大きさを際立たせる。
胸と腰の落差でシャツに皺が寄っていたりすると、正直目のやり場に困ってしまう。
そんな彼女の水着姿は、どんなだろう。デートを翌日に控えた夜、僕は悶々としながら想像する。
そして、いざ当日。
女子更衣室から現れた実物は…………僕のどんな妄想をも超えていた。

水着はビキニタイプで、プール際で映えるエメラルド系の色だ。
トップスは首後ろで結ぶ、ホルターネックタイプの三角ビキニ。
これは、ただでさえボリュームのある胸がずっしりと強調されて、つい視線が釘付けになる。
ボトムはボトムで、骨盤の辺りにぴったり嵌まっていて、くびれた腰から太腿にかけてのラインを隠さない。
もちろん脚線も丸見えだった。
最近はあえて意識しないようにしてたけど、こうして水着姿を見せられると、もう誤魔化しが利かない。
僕が罪悪感に苛まれながらも、何度となくオカズにしてしまった脚。
田舎の垢抜けない子だったのがウソに思えるぐらい、すらっと伸びた美脚だ。

和紗がその美脚を前後させながら近づいてくるのを、僕はただ呆然と眺めていた。
誰だろう、このモデルみたいな美女は。
どうして近づいてくるんだろう。
あんまりにもじっと見すぎていたから、文句を言いにきたのかな。
そんな事を思わず考えてしまうぐらい、僕とはあまりにも不釣合いだ。
客観的に見ても、和紗は魅力的らしい。
プールサイドにいる色んな異性……よく日焼けしたサーファー風やホスト風の男、家族連れの父親、
そうした女性に耐性のありそうな人達でさえ、ほとんどが和紗を振り返って見ている。
「えへへ、お待たせ!」
その注目の的が、僕の前で笑顔を作るなんて。これは夢だ。夢に違いない。
僕は、和紗のやわらかい手が僕自身の手を握ってくる瞬間まで、ひたすらにそう考えていた。



女の子とプールで遊ぶのは初めてだ。
ビーチボールで遊んだり、ウォータースライダーをしたり、流れるプールで浮き輪に乗った彼女を引っ張ったり……。
それはとても楽しくて、常に大量の水を飲んでいるように、胸がドキドキする体験だった。
そしてふとした瞬間、つい彼女の胸に視線が吸い寄せられてしまう。
メロンが2つ並んだようなそこは、男子の目を引くのに十分すぎる。
和紗は午前中、ずっと屈託なく笑っていたけれど、その視線にはちゃんと気付いていたみたいだ。

「ねぇ、壮介。私の身体、何かついてる?」
昼のプール休憩中、ヤキソバを食べ終えた僕に和紗が言った。
くるりと向けられた背中には何もない。
うなじから胸へと降りるビキニ以外は、ただピンクに近い健康的な肌があるだけだ。
「別に。どこにも何もついてないよ」
「ホント? でも、なんか……周りからすごい視線感じるよ?
 店員さんに選んでもらったんだけど、この水着って、やっぱり変なのかなぁ」
和紗はバスト付近の生地を指で弾きながら言う。

僕には、注目の理由が解っていた。
何だかんだといっても、男は豊満なバストに目を奪われてしまう生き物なんだ。
少なくともEカップはある胸がホルターネックの水着で強調されてたら、それだけで注目されるのに十分。
おまけに和紗はスタイルが良い。くびれた腰とすらっとした脚はモデル並みだ。
髪は背中まで伸ばされた艶々のロングヘアで、顔立ちもすっぴんとは思えないほど可愛い。
これだけの条件が揃っていて、見られない訳がないんだ。
でもそういう細かい理由まではあえて言わず、僕はただシンプルに答える。
「見られるのは、和紗が可愛いからだよ」
僕が笑顔でそう言うと、なぜか和紗は頬を膨らませる。
「む。真剣に聞いてるんだから、冗談やめてよ。
 これだけスタイルが良くて可愛い人がいっぱい居るのに、私なんかが特別注目される訳ないでしょ。
 ……ねぇ、理由わかってるんなら教えてよ。カキ氷おごったげるから!」
拗ねた子供のような顔が目の前にある。
アナウンサーみたいなキレイな笑顔も魅力的だけど、僕はやっぱり、こういう自然な和紗の顔が好きだ。
この広いプール内でも、和紗の生の表情を見られるのは僕だけ。そう思うと、どうしても表情が緩んでしまう。
「うーん。本当に、可愛いからだと思うんだけど」
僕はそう言って頬を掻く。
「またぁ。そんな訳ないって!」
和紗はあくまで納得しない。
さてどうしたものか、と思った瞬間。
「や、オネーサンまじ可愛いっすよ!」
隣のテントから、高校生ぐらいに見える男達が声をかけてきた。
いかにも女子人気が高そうな、筋肉質で日焼けした3人。僕よりも明らかに英児寄りだ。
「そうそう。思わず見ちゃうぐらいカワイイっす!」
他の2人も同じ事を言って、照れたように笑いながらプールに走り出していく。
僕と和紗は、その後姿をみて呆然としていた。
今までなんとなく感じていた第三者からの評価を、はっきりと口に出された瞬間だ。
拗ねたような和紗の顔がみるみる赤くなって、俯く。

しばらくの無言。
こういう時にさっとフォローできない自分が恨めしい。

「………………本当に?」
和紗は上目遣いでそう言った。
「うん。可愛いよ、和紗は」
僕ははっきりと口に出す。すると和紗は、茹ったみたいに腰を抜かした。
そしてそのまま、照れ隠しのようにゴロンと横になる。
「ねぇ、壮介。オイル塗ってよ」
少し聞き取りづらい声。多分、組んだ腕に顔を埋めてるんだろう。
「いいよ」
僕はサンオイルのボトルを手に取る。
でもいざオイルを塗り込む段階になって、僕は息を呑んだ。
そういえば、和紗の身体をじっくりと触るのはこれが初めてだ。
手を繋いだ事はもう何度もあるけど、背中や太腿に触った事はない。
僕は固まったまま、うつ伏せになった和紗の後ろ姿を改めて見つめる。
健康的で血色のいい肌。
芳葉谷にいた頃は、ピンクよりもやや薄茶に近い肌色だったけど、こっちで暮らし始めてから白くなってきたみたいだ。
たぶん本来の彼女は、あんまり日焼けしないタイプなんだろう。
そして、変わったのは肌の色だけじゃない。
スタイルも、こっちで暮らし始めてから明らかに洗練されてきてる。
元々スタイルは良いほうだったけど、畑で雑草採りをやっていた頃は、そこまで腰がくびれてもいなかったはず。
彼女はどんどんキレイになっていく。
それは、彼女自身のため? それとももしかして、僕に見せるため?
「どうしたの?」
和紗の顔が横を向いて、不思議そうに僕を見上げる。
「あ、い、いや! 何でもないよ!」
僕は慌てて、和紗の背中にサンオイルを塗りつけた。
吸い付くようでな肌触り。でも押し込むと、柔らかいゴムみたいな反発がある。
これが、和紗の……そして、“鵜久森さん”の肌なのか。
そう思うと、それだけで僕自身が固くなってきた。もし今和紗が正面を向けば、海パンを盛り上げるものが丸見えだ。
ちょうどシートの横を通った女の子の二人連れが、僕の下半身に気付いてクスッと笑う。
その状況を誤魔化すように、僕は一心にオイルを塗りたくった。
背中から、肩。脇腹。そして太腿。
「んっ、んふっ……ちょっ、くすぐったいよぉ!!」
和紗は横顔で笑いながら身を捩る。
僕はつられて笑いながら、彼女と一緒に居られる幸せをひたすらに噛みしめた。




3時過ぎまでプールで過ごしてから、一度お互い家に帰る。
そして夜は花火大会だ。
生暖かい風の中、浴衣を着て和紗のマンションまで迎えに行く。
のんびり歩いても5分とかからない。
「はーい!」
呼び鈴を押すと、普段より1オクターブ高い余所行きの声がした。
そしてドアが開き、浴衣に身を包んだ和紗が現れる。
僕はまたしても息を呑む事になった。
髪を結って帯をつけた彼女は、昼ともまた雰囲気が違う。
甘味処で割烹着を来ていたせいだろうか、和装がやたらによく馴染んでいる。
薄い化粧のせいで、雰囲気そのものも大人っぽく変わっていた。
どうも彼女は、すごく化粧映えする顔みたいだ。
「わざわざ、ありがと」
そう言って自然に手を繋いでくる彼女は、一足早い花火みたいに眩かった。

電車の中も、それを降りてからの道も、人、人、人。
地元の小規模な花火大会とはいえ、こういう時だけは活気が凄い。
僕らははぐれないように気をつけながら、ようやく屋台の立ち並ぶ会場にまで辿り着いた。
「何が食べたい? 何でも奢るよ」
僕が訊くと、和紗はくるりとした瞳で辺りを見回す。
「えっと、じゃあ……りんご飴」
彼女はそう言って、可愛らしいお菓子を指差した。
でも、僕は見逃さない。今彼女の視線がもっと情熱的に捉えていたのは、別のもの。
例えば、『じゃがバター』や『ステーキ串』。『チヂミ』もかな。
本来彼女は、草食系な僕とは対照的に肉食系だ。
言動だけじゃなく、食べ物の好みも。
本音ではカロリーのある物に惹かれつつも、デート中の女の子として慎ましくしなくては、と思ってるんだろう。
その気持ちは正直嬉しい。でも僕は、彼女に遠慮なんてして欲しくなかった。
「そっか。じゃあ僕は…………なんだか、お腹減っちゃったな」
苦手な演技をしつつ、僕はさっき彼女が興味を示した物を買い漁る。
和紗が目を丸くしているのを横目に見ながら。

「壮介って、そんなに大食いだっけ……?」
僕がどっさりと手に抱えたパックを見て、和紗が問う。
僕はその和紗を観察した。僕を心配しつつも、時々涎を垂らしそうな感じで食べ物を見ている和紗を。
「うーん、調子に乗って買いすぎたかな。良かったら、半分こしようよ」
僕は石段に掛けながら誘う。
和紗はお尻の下に手拭いを敷きながら、隣に腰掛けた。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて貰おうかな」
そう言って柔らかな笑顔を見せる。化粧のせいで、その綺麗な笑顔はいよいよアナウンサーやスチュワーデスみたいだ。
高嶺の花も良いところ。でもすぐにその雰囲気は、いつもの彼女に戻る。
心の底から幸せそうに物を食べる様子は微笑ましい。僕は、そんな彼女の姿が大好きだ。
「美味しいね」
僕自身も、こうして食べる物の美味しさを噛みしめながら言った。
「うん」
和紗は短くそう答えてから、少し黙る。そして、
「…………壮介は、すごいね」
聴こえるかどうかの声でそう呟いた。
僕は一瞬その意味が解らず、そして理解できると、何だか照れ臭くなってしまう。

食べるものを食べると、和紗は普段の彼女に近くなった。
「よーし、やるぞー!!」
浴衣の袖を捲ってスーパーボールすくいに挑んだ彼女は、輝いていた。
早々に網を破った僕とは違い、次々にボールを救っていく。
それは他の客どころか、屋台のおじさんさえも賞賛するものだった。
それだけじゃなく、射的や輪投げでも僕じゃ相手にもならない。
田舎育ちだからか、和紗は体を使う遊び全般がものすごく上手かった。
そうして下町の姉御さながらに屋台を荒らした彼女も、いよいよ花火が始まると、また様子が変わる。

石段に腰掛けた僕へ、和紗は甘えるように寄りかかった。
肘の辺りに胸が当たっている。
空には六連の大玉が鳴り響いていて、心臓の高鳴りをいよいよ煽ってくる。
「私いま、ものすげぇ幸せだぁ……」
花火の轟音の合間に、小さくそう聴こえた。
彼女の素である方言。他の誰にも聴こえてはいないだろう。隣にいる僕にしか。
「僕もだよ」
自然と、その言葉が口をついた。
そして、どちらからともなく顔を見合わせ、そのままの流れで唇を合わせる。
ちょうど空に大きな華が咲いて、僕らの横顔を七色に染めた。






花火が終わった帰り道でも、僕らの火照りは止まらない。
プールでのジリジリとした日焼けが、今でも続いているみたいだ。
周りには、同じく熱を持ったようなカップルが何組もいて、肩を抱きながら脇に並ぶラブホテルへと消えていく。
僕らは、何件かのホテルを俯きながら通り過ぎた。
ホテルの前までくると、2人とも歩く速度が遅くなるから、多分考えは一緒なんだ。でも、勇気が足りない。
僕は勇気を出そう出そうと思ったけど、結局、先に切り出したのは和紗だった。
「ちょっと、歩くのに疲れちゃった。…………休憩してこ」
そう言って彼女は、すぐそばのホテルに目線を送る。
かなりお洒落な感じのホテルだ。見た目だけなら、ちゃんとしたシティホテルにも見える。
「…………そうだね。休んでいこっか」
僕はそう言いながら、自分の顔がものすごく強張っている事に気がついた。
でも、目の前の和紗の顔だって似たようなものだ。
2人してぎこちない動作でホテルに入る。
フロントの脇には、部屋の写真がずらっと並んでいた。部屋ごとに料金も設備も色々だ。
僕と和紗は、そのシステムに圧倒され、とりあえずそこそこの料金の部屋を選ぶ。
「部屋、4階の突き当たり」
愛想の欠片もないフロントの受付は、僕の顔さえ見ようとしない。
でも和紗が視界に入ると、僕と彼女を交互に仰ぎ見た。
やっぱり不釣合いなんだろうか。でも、今はそんな事は忘れよう。男としての自信を持とう。

部屋は広かった。
狭い個室のようなイメージとは全く違って、お洒落なマンションの部屋という感じだ。
洗面所にトイレ、テレビ、冷蔵庫なんかが揃っていて、十分に暮らしていけそう。
普通の家と違う所といえば、アダルトグッズの自販機と、プールのような豪華なバスタブ、そして大きなベッドぐらいか。
「うわぁー、すっごいねぇ!!」
和紗は部屋の豪華さに目を輝かせ、部屋の中を色々に見て回っていた。
好奇心旺盛なその姿は子供みたいだ。それを見ているだけで、思わず僕まで笑顔になってしまう。
でも、和紗がはしゃいでいたのも最初だけ。
横並びでベッドに座ってテレビを見ているうちに、すっかり『そういう雰囲気』になる。

「んっ、んむっ……はうっ」
キスの声が部屋に響く。
花火の時みたいな浅いキスじゃない。舌を深く入れて絡ませる、正真正銘、恋人のキス。
和紗の唾液は甘く感じた。
唇と唇で繋がりあいながら、お互いの浴衣を脱がしていく。
刻一刻と露わになっていく和紗の肌。プールでの水着焼けが妙にいやらしい。
すべて脱がしきるのを待てずに、僕は彼女への愛撫を始めた。
吸い込まれるように掴んだ乳房は、屋台で和紗に渡された水風船とよく似ている。
お湯をたっぷり入れた水風船という感じだ。
「ん、あ……っ」
でも水風船は、揉んだ時にこんな色っぽい声は出さない。
僕はその声に気をよくして、さらに彼女の身体中を知ろうとする。
身体にはシミ一つなかったけれど、ホクロはいくつかあった。
左腋の傍にあるホクロは肉眼でも見やすくて、これと大きな胸を目印にすれば、顔を見なくても彼女だと解りそうな気がする。

「…………はぁっ、ああ、んっ…………ふぁ、ああ、あっ…………!!」
僕の愛撫に対して、和紗は目を細めながら切なそうな声を漏らす。
それは、明らかにこういう刺激に慣れていない人間のする事に思えた。
ひょっとして、僕が初めての相手なんだろうか。
いや、有り得ない。こんなに魅力的な彼女が、高校を卒業するまで誰とも関係を持ってないなんて。
でも、万が一そうなら。
「もしかして、こういう事……初めて?」
僕はしばらく悩んだ末、意を決して尋ねる。
すると和紗は、やっぱり少し間を置いてから、小さく頷いた。
「う、うん……」
その答えを聞いて、僕はよっぽど驚いた顔をしたんだろう。
すぐに和紗は、顔の前で手を振る。
「あ、で、でも、する事は知ってるんだよ。
 ウチみたいな田舎じゃ、田んぼの裏で近所のおじさん達がしてたりとかするんだから。
 そういうの、何回か見てるから、する事は解るんだ」
「あ……そうなんだ」
「そうそう。田舎出身を舐めないでよね!」
大きな胸を張って自信満々な和紗。
でも、次に僕が何気なく漏らした一言で、その表情は一変する。
「最初は痛いって聞くけど、大丈夫なの?」
「………………え?」
虚を突かれた、という感じで固まる彼女。
僕はこの時点で、あやうい空気を感じ取ってしまった。
「いや、最初は大体、処女膜っていうのが破れて、血が出るって…………」
そう補足すると、さっと和紗の顔が青ざめていく。
「ま、膜……やぶれ………………ち、血………………??」
うわ言のように呟き、視線を宙に彷徨わせ始める。
その様子を見て、僕は決断した。このパニック状態じゃ、するのは無理だと。
「や、やっぱり今回はやめよっか。またその気になったら」
僕がそう言って和紗の身体を離そうとした瞬間。
彼女の手が僕の手を掴んだ。
「ダメ!」
「えっ……で、でも、大丈夫なの? 最初って事は、さっき言ったみたいに……」
「だから、だよ。どうせ最初はそうなっちゃうなら、壮介にしてほしい。
 壮介なら、優しくしてくれそうだし…………大好きな壮介となら、我慢できそうだから」
潤んだ瞳で訴えかけてくる和紗。こんな目をされたら、断れる訳がない。
僕もこういう事は初めてで、上手くリードできるかは不安だけど、ここはもうやるしかない。

僕はそれから、もっと熱心に愛撫を続けた。
頭の中の知識を総動員して、女性が“濡れる”ように刺激する。
向かい合ったまま、乳房をひたすらに揉み上げたり。
抱きしめたまま、クリトリスを指で刺激したり。
それを続けるうちに、和紗の息はますます荒くなって、肌には汗が伝い始める。
たぶん興奮してるんだろう。
そのうち和紗の瞳はとろんとして、熱に浮かされたようになった。
「ね、して…………」
その言葉は、普段の彼女のイメージとはあまりにも遠い。改めて、今僕らがしている事の特殊性を感じてしまう。

彼女自身の許しを得て、僕はトランクスから僕自身を解放した。
すでに興奮しきって、ギンギンだ。
「…………っ!!」
和紗が目を見開く。
多分、ここまで勃起した物を間近で見るのは初めてだろう。
そして、それを今から受け入れるんだという事も理解している筈だ。
少し、彼女が可哀想になる。でも、僕は彼女を傷つける為にセックスをするんじゃない。
これは、男女がより深く愛し合うための儀式なんだ。

恥ずかしそうな和紗の太腿に手を掛けて、柔らかく開く。
ごく薄い茂みと、その下に走る綺麗なピンク色の筋が見えた。
本やネットで何度も見たけど、実物の興奮はそんな比じゃない。
特にそれが、大好きな女の子のものなら尚更だ。
僕は大きく深呼吸を繰り返す。このまま突っ走ったら、たぶん心臓が破裂してしまう。
そうして決意を固めてから、僕はローションを手に取った。
少しでも和紗の負担を減らしてくれるよう祈りを込めて、アレに塗りたくる。
これでいよいよ、準備万端だ。
自分の物を片手で掴みながら、ピンクの裂け目に宛がう。
ゴクリ、と和紗の喉を慣らす音が聴こえる。
「じゃ、じゃあ、いくよ…………。痛かったら言ってね」
僕の声は緊張で強張っていた。
「うん……。もし痛くしたら、背中引っ掻くから」
和紗はぎこちない笑みを作りながら言う。
「う……努力します」
僕はつられて苦笑した。

固くなった亀頭部分を肉ビラに割り込ませ、ゆっくりと腰を進める。
亀頭が入り込むまではスムーズで、でもそこからさらに進もうとすると、抵抗が来る。
みっしりと合わさった襞の中を、切り裂いていくような感じだ。
湿り気のある襞がアレに隙間なく纏わりついてきて、僕の方は気持ちいい。
でも、身体の内部を切り裂かれるような和紗はどうなんだろう。ついその心配をしてしまう。
「う、くく……う…………」
和紗は、眉を顰めていた。目を固く閉じて、片手でシーツを掴んでいる。
絶対に痛いんだ。注射が10秒続いたって、あそこまでの反応はきっとしない。
「大丈夫? い、痛くない?」
僕はそう囁きかけた。心配でならない。
もう僕のアレは半分くらい入っている。処女膜という物が破れていてもおかしくない頃だ。
僕の問いかけが聴こえたのか、和紗は薄く目を開く。そこには余裕なんてものは感じられない。
僕は、しまった、と思った。
ひょっとして、この問いかけさえも迷惑なぐらい余裕がないんじゃないかって。
でも和紗は、目の端に涙を湛えたまま、ゆっくりと首を振る。
痛くない、という事なのか。
「ほ、ホントに……?」
「はぁっ、はぁっ…………背中、引っ掻いてないでしょ…………。だから、痛くない。つらく、ないよ…………」
和紗は、息も絶え絶えという様子で囁き返した。
太陽のようにエネルギッシュな彼女が、ここまで疲弊するなんて。
でも実際、彼女の手は、僕の背中を優しく抱きしめているだけだった。
僕は、それに安心する。
そして同時に、僕は堪らなくなった。
和紗の中は、とんでもなく気持ちがいい。うねるように纏わりつく膣壁が、僕の爆発寸前の物を刺激してくる。
動きたい。滅茶苦茶に前後に動いて、プールサイド以来、堪りに堪った興奮を発散したい。
そんな欲望が、頭の中を刺してくる。
「う、動いてもいいかな」
僕は訊いた。もう伺いを立てるのさえ精一杯だ。
「いいよ。好きに動いて」
和紗は、僕を背中ごと抱きしめながら頷いた。
僕はそれに感謝しながら、深く腰を沈める。
高校のクラスメイトにも、大学の知り合いにも、セックスの話ばかりしている奴がいる。
僕はそれを獣みたいだと内心で嫌ってたけど、今ならその気持ちも少しはわかる。
セックスって、気持ちがいい。
他の何もかもがどうでもよくなるぐらいに。脳味噌がドロドロに解けてしまうぐらいに。
パンッ、パンッ、パンッ、と腰を打ち付ける音が繰り返されていた。
よく耳を澄ませば、それに呼応する形で、ローションの攪拌されるぬっちょぐっちょという音もしていた。
僕が、和紗のより深い部分を抉る音。彼女を緩やかに傷つける音。
けれども、至福の音。
「すき…………すきだよ、壮介。壮介と、やっと一つになれた。嬉しい、すごく!!」
和紗も涙を溢しながら、強く僕の体を求めてくれる。
この瞬間、僕らは間違いなく、今までのどの瞬間よりも深くつながり合っていた。






身も心も重ねあった僕らは、充実した気持ちで新しい生活を満喫した。
僕は大学とコンビニバイト、和紗は居酒屋でのバイト。
それをお互い必死にこなしつつ、たまに空いた日が重なればデートする。
そして僕は、和紗の働く居酒屋に客として顔を出すことも多かった。
あくまで、『客として』だけど。
店のアイドルである和紗と僕が恋仲なんて知れたら、余計な面倒が起こりかねない。
だからあくまで、親しい客として遊びに行く。
それも一人でだと気まずいから、大学の友人を連れての事がほとんどだ。

そして、そんな状態が続いてから数ヶ月目のある日。僕はついに、英児をその居酒屋に連れて行った。
「あっ、あの時の!!」
英児は店で働く和紗を見て、すぐに駅前通りで会った時の事を思い出した。
女の顔は忘れない、と豪語しているのは、冗談ではないのかも。
「あっ、どうも!」
和紗も驚いて、とびきりの営業スマイルで頭を下げた。
僕経由で散々話は聞いてたものの、実際に会うのはこれで2回目だ。
居酒屋の主人である佐野さんは、そんな僕らの様子をにこやかに見ていた。
「鵜久森さん、今日の仕事はもう大丈夫だからさ。
 そちらのお二人さん、知り合いなんでしょ? 一緒に飲みなよ」
そう言って、瓶ビールを出してくれる。
僕と和紗の関係を知っている佐野さんは、他に客がいない時、よくこういう気遣いをしてくれた。
和紗はひたすらに恐縮していたものの、佐野さんは柔和な笑顔で、大丈夫、と繰り返す。
和紗のお爺さんもそうだったけど、まるで本当のお爺ちゃんみたいだ。

結局、僕と和紗、そして英児で、初めて酒の席を囲むことになる。
英児とは大学が分かれてからはメール連絡ばかりだったから、本当に嬉しい。
そしてこの日僕は、改めて英児の凄さを思い出す事になった。
空気を読む力が、完全に僕とは別格だ。
僕や和紗の望んだ事を、まさにドンピシャのタイミングでやってくれる事多数。
それどころか、一見何気なさそうな行動が実は重要で、数分遅れでやっと彼の行動の意味が理解できたりもする。
僕も和紗も、その手際の良さには感心しきりだった。
「や、こういう酒の席に慣れてるだけだって。慣れだよ慣れ」
本人はそう謙遜するけど、酒を飲めるようになって一年と経たずにここまで慣れるなんて、僕には無理だ。
単純な経験値だけじゃなく、それを最大限生かす頭の回転と、要領の良さ。
英児はそれを並外れて持っていて、おまけにそれを鼻に掛けない。
モテて当然だと改めて思う。同性の僕でさえ、男として惚れてしまうぐらいなんだから。
英児がいると話も弾んだ。
そしてその中で、話は間違い電話の事になる。和紗が僕の携帯を弄って、英児に電話してしまった事件だ。
思えばあの時すでに、僕ら3人の集まる運命は決まってたのかも。
そんな風に思えてしまう。

楽しい時間はすぐに過ぎて、あっという間に夜が更ける。
治安が良いともいえない飲み屋街だ。和紗がいる状態であまり遅くなってもと、飲みはお開きになる。
そして、帰り際に英児とトイレに立った時の会話が忘れられない。
「あの子、すげーいい子じゃん。大事にしろよ」
英児は赤ら顔でそう言ったあと、大きくしゃっくりをする。
そして笑う僕をしばらく眺めてから、再び口を開いた。
「なんつーか、アレだ。ホッとしたよ」
「えっ?」
言葉の意図が解らず、僕は訊き返す。英児の口の端が吊りあがった。
「こう言うのも何だけどよ。高校の頃のお前って、俺が中心のグループに寄ってくるばっかだったじゃんか」
まったくもってその通りだ。
僕の記憶にある限り、英児は常に人の輪の中心にいて、僕はお情けでその輪の中心近くに寄せてもらうだけだった。
高校までの僕のコミュニケーションはほぼすべて、そうして『経験させてもらった』ものだ。
「でも今日はその逆でよ。お前が中心になって回ってる所に、俺が呼ばれたんだぜ?
 なんつーかよ……しばらく見ねぇうちに、デカくなったよなぁ、お前も」
僕の肩をポンポンと叩きながら笑う英児。
相変わらず、同い年なのに背丈も風格も違いすぎて、いくつか年上の兄みたいだ。
でも、そんな英児に褒めて貰えるのは本当に嬉しい。
「君のおかげだよ」
僕は本心でそう言った。
変わったきっかけは和紗で、そのきっかけを掴むまで僕を守ってくれたのが英児だ。どっちがいなくても、今の僕はない。
「ん? ああ……ま、そーかもな!!」
英児はそう言っておどけてみせる。
この時には僕も酔いが回っていて、世界がゆっくりと回転するようだった。
元々酒が強いほうでもないのに、気をよくして呑み過ぎたみたいだ。
ふらつく僕を、英児ががっしりと抱きとめる。
「おら、大丈夫かよ相棒? 夜道であの子を送ってやるのはお前の役目だぜ?
 今は、お前の春だ。お前の時代だ!!!」
僕の肩を抱きながら、腹からの大声で宣言する英児。
その言葉を聞くうち、本当に今が僕の時代のように思えてくる。
和紗と英児――僕にとって最も大きな存在である2人から、こんなにも評価される日が来るなんて。笑いが止まらない。


この夜僕は、間違いなく幸せの絶頂にいた。



                            続く


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プロフィール

Author:燻製ねこ
2chを名無しで彷徨う流浪の物書き。
百合とアナルが主食。
強い女と性拷問も大好き。

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